幼い頃、母に無理やり連れて行かれたスケートリンク。何でも知り合いの娘が大会に出るとか何とかで、それを見に行く母に連れて行かれたのだ。 当時のスザクはなかなかにやんちゃで、剣道とか柔道とかそういうものが好きな子供だった。当然、フィギュアスケートなんて聞いたら「氷の上でくるくる回ってるお遊戯」などと思っていたから、機嫌は最悪で、早く終われと睨むようにしぶしぶ大会を見ていた。 そんなスザクの意識を塗り替えたのは、たった一人の少女だった。 黒い髪をひとつにまとめ、白と青を基調にした衣装に身を包んだ華奢な少女。その見目の美しさだけでも目を引くが、スザクが何よりその目を奪われたのはその演技だ。 氷の上をまるで重力を感じさせない軽やかさで、舞うその姿は見るものの心を奪うほど。そして、演技を終えた後に少しはにかみながら控えめに微笑んだ少女の顔はスザクの心にしっかりと焼き付けられた。 (一緒に、やってみたい) 少女の演技――たった4分間でスザクは運命が変わったのだった。 あの後、名も知らぬ少女と一緒にフィギュアをやりたいという思いだけで親にフィギュアを習いたいと願ったスザクだったが、フィギュアに関してど素人なスザクは気がつかなかった。少女はシングルの選手で、ペアの選手ではないということに。 そんなアクシデントもあったがフィギュアをやり始め、フィギュア自体の魅力に触れ、スザクはフィギュアスケーターの道を歩み始めた。 「ごめんなさい、私がうっかりしていたばかりに…」 「謝らないで、ユフィ」 ペアを組んでいたユーフェミアが階段で転び、靱帯を怪我してしまった。試合を数ヵ月後に控えている2人にとってそのケガは死活問題だ。 「…それでね、スザク。私ずっと考えていたんだけれど、これを機にペアを解散しませんか?」 「ユフィ、どうして…」 「スザクとのフィギュアは好きよ。…でも、技術が違いすぎる。私じゃあなたの才能を殺してしまうの」 「そんなこと…!」 「それは1番スザクがわかっているでしょ?」 微笑んで諭すようにそういうユーフェミアにスザクは反論できない。ずっと一緒にやってきたペアだが、成長するにつれ2人の間に技術の差が目立つようになってきたのはまぎれもない事実である。 ペアでは男女の動きが合うことが重要で、ユーフェミアに合わせるが為に、スザクの才能を出し切れていない現状をどうにかしたいとユーフェミアはずっと思っていた。 「…スザク、あなたに紹介したい人がいるの」 「考え直す気はないんだね」 「私が頑固なのはスザクはよくご存知でしょう?」 まっすぐで自分が決めたことを通すユーフェミアの性格をよく知るスザクは彼女がそこまで言うのなら、それが覆されることがないだろうということを悟る。 「…わかったよ、ユフィ」 「ありがとう。あなたの最高の演技を楽しみにしていますね」 紹介したい人がいる、というユーフェミアに連れられてきたのはいつも練習しているブリタニアFSC(フィギュアスケートクラブ)のスケートリンクだった。一般に開放されていないこの時間のリンクは本来誰もいないはずだった。 「あれ、エッジの音が…」 「スザク、静かにしてくださいね」 こっそりとリンクに入っていくユーフェミアの後に続き、リンクへ入ったスザクは思わず息を呑んだ。 誰もいないはずのリンクで一人の少女が微かにエッジのと音を立てながら滑らかにスケーティングしている。流れるようなターン、そしてジャンプ――スザクは瞬きひとつ出来ないまま少女の滑りに釘付けになった。 そう、まるで7年前のあの日と同じように。 「ルルーシュ!」 「ユフィ…! 来ていたのなら声を掛けろ」 「そうしたら滑ってくれないのでしょう? 紹介します、スザク。こちらは私の従姉妹のルルーシュです」 スザクの運命が再び大きく変わろうとしていた――…。 next→ 2008/11/26〜12/1(拍手にて掲載) |