漆黒の魔女 02 「機密情報局所属、ルルーシュ・ランペルージ参りました」 「入れ」 謁見の間へと足を踏み入れ、玉座の前でルルーシュは片膝を付き、頭を垂れる。 「面を上げよ」 その言葉に従ってルルーシュはゆっくりと顔を上げる。玉座には昔と変わらぬシャルルの姿がある。ルルーシュは未だ薄れない怒りを押さえ込むように掌をぎゅっと握り締めた。 「NKFのシミュレーターはやったか」 「はっ」 「アレについてどう思う」 「画期的な兵器かと。実戦配備されるようになれば戦略の幅も大きく広がるでしょう」 「そうだ。しかし、アレを今有している全エリアに配備するには絶対的に足りないものがある」 それが何だか当然わかるだろう、とシャルルは目でルルーシュに問い掛ける。試されている、ルルーシュはそう感じた。 「…、サクラダイト、でしょうか」 「そう、アレさえあればNKFは勿論、その他の分野でもブリタニアの更なる繁栄に繋がるだろう。しかし、アレはブリタニアでは手に入れることが出来ん」 貴重な鉱物であるサクラダイトはそのほとんどが日本という東国の島国でしか採掘されていない。サクラダイトの分け前は国際会議で上限を決められ、それ以上を手に入れることが出来ない。ブリタニアに更なる武力を持たせたくないと思うのはどこの国も同じであり、ブリタニアの分け前は最低限のラインで、ブリタニアが求める量には程遠いのだった。 「日本と、戦争を…?」 アリマンヌが殺されたときからシャルルは日本をひいてはサクラダイトを手に入れることを視野に入れていた。日本がブリタニアと戦争になるのはその時点で秒読みだろうと思われていたが、日本の首相・枢木ゲンブは中々に優秀な人物でブリタニアが戦争を仕掛ける隙を与えない。ブリタニアが日本に一方的に戦争を仕掛ければ他の国も一方的な侵略に対するという大義名分が出来、この戦争に介入するだろう。それは厄介であり、ブリタニア対日本という形で戦争を行いたいシャルルの思惑からずれてしまう。 「今まで様子を見ていたが、そろそろサクラダイトは欠かせぬ存在だ」 「…はい」 「ルルーシュ、貴様の全ての力を持ってして日本からブリタニアに戦争を起こさせろ」 「なっ…?!」 絶句するルルーシュにシャルルは更に言葉を重ねる。 「出来ぬとは言わせんぞ。そうだな、それでも無理だというのなら、ナナリーを日本に送ることにするか」 「それは約束が違いますッ!」 「違わぬ。おまえがわしの力になれぬなら、ナナリーをどうしようとわしの自由だ」 日本に送るというのは言葉通りの意味ではない。日本で死ぬ、そうして開戦の口実になることがシャルルの意味することだ。しかし、それでは何のためにシャルルの駒となり、ナナリーと会うことすら許されぬ中、辛い日々に耐えてきたのか。全ての努力が無に帰してしまう。 「…わかり、ました。必ずや、日本から戦争を起こさせましょう…!」 絶対に許してなるものか、ルルーシュは溢れかえる憎しみを隠そうともせず、シャルル譲りの紫玉の瞳をギラつかせながら、まっすぐに睨み付けた。シャルルはその視線を受け、それでも悠然とルルーシュに笑って見せる。 「それでは、失礼します…っ」 それ以上顔を合わせていることすら憎たらしく、ルルーシュは踵を返し、謁見の間から足早に出て行く。噛み締めすぎた唇からは血の味がした。 他国からの介入を受けないように日本からブリタニアに宣戦布告するようにして戦争を起こさせなければならない。出来なければナナリーは日本へ送られ、開戦の口実の為だけにナナリーの命が奪われることとなるだろう。 (そんなこと、絶対にさせるものか…!) 苛立ちに任せて爪を噛むが、だからといって妙案が浮かぶわけもない。そんなルルーシュの様子をロロが心配そうに見ていた。 「姉さん、大丈夫…?」 「ロロ…」 「もしかして、大変な任務でも押し付けられたの?」 「…あの男、今度は日本から戦争を起こさせろだと」 「そんな…!」 今までブリタニアから日本を守ってきた枢木ゲンブは、勝ち目など望めない今の状況で戦争を仕掛けようとするほど愚かな人物ではない。ゲンブが日本の首相を務めている限り、そうそうこちらに有利な状況になど陥らないだろう。 「……いや、違う。ゲンブさえいなければいい」 ブリタニアを何度も交わしたゲンブは日本では最後のサムライと慕われ、そのカリスマ性は侮りがたい。しかし、ゲンブに頼り切った今の日本状況でゲンブが暗殺されたとしたのなら、政界に留まらず国民も動揺する。しかもその暗殺にブリタニアが関与しているように(あくまで匂わせるだけで証拠は残さない)したのならば、世論は報復を求めるだろう。そして、それを止められるほどの逸材は日本におらず、日本は開戦、もしくは何かしらの抗議文をブリタニアに叩きつけるだろう。 「枢木ゲンブを暗殺する」 「危険だよ! 日本なんかじゃたいしたバックアップなんか期待できないし、それこそ1人で敵陣に飛び込むようなものだよ!」 「わかっている…が、やるしかない」 「…せめて、僕がやってあげられればいいのに」 「ロロ、気持ちは嬉しいが、これは私がやらなくてはいけないことだし、それにロロの力は酷く負担が掛かるものなのだろう? 無闇に使わないほうがいい」 「姉さん…」 繊細で折れてしまいそうな容姿に対してルルーシュが一度決めたら譲らない性格なのはロロも良く知るところで、ロロは溜息を零す。 「1つだけ約束して」 「なんだい?」 「絶対に帰ってきてね、姉さん」 「…わかった。おまえとの約束を守るために絶対に戻るよ」 「約束だからね!」 まっすぐに自分を心配してくれるロロとの約束を守るため、そして、愛するナナリーの命を守るため、ルルーシュは絶対に任務を成功させ、再びこの地に戻ってくることを決意する。 そうして、ルルーシュは日本へと向かうこととなった。 next 2008/10/21 2008/11/19(改訂) |