答えなんて、始めから1つしかなかった
漆黒の魔女 01



「さぁ、ルルーシュ。お前はどちらを選ぶ?」
 母であるアリマンヌを殺害されたばかりの幼いルルーシュに提示されたのは、実の父である皇帝――シャルルの理不尽としか思えない2つの選択肢。そんなもの選べるかと撥ね退けてしまいたいと思っても、それを実行に移すことなど出来ない。ルルーシュにそう出来ない理由がある。
 ――ねぇ、ルルーシュ。ナナリーを守ってあげてね
 今は遠い幸せだった日の母の言葉。決して忘れやしない。それは母との約束であり、自らの誓いなのだから。
 だから、ルルーシュの選ぶ道はひとつだった。
「私は―――…」


  *  *  *


 后妃マリアンヌの死亡から1ヶ月、第一子であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの廃嫡と、後ろ盾のない第二子であるナナリー・ヴィ・ブリタニアを第二皇女コーネリア・リ・ブリタニアが保護することが発表された。
 廃嫡されたルルーシュに関して死亡したのだと、逃げたのだと貴族達の中で憶測が飛び交っているが、シャルルはそれに関してそれ以上何も語ろうとはしなかった。


 シャルルがルルーシュに提示した選択肢はナナリーと共に旧日本送られ開戦の理由となるため死ぬか、ナナリーの安息と引き換えにシャルルの駒となるかの2つだった。
 マリアンヌが死んだことを悼もうともしないシャルルに憎しみさえ覚え、そんな男の駒となることをルルーシュのプライドを拒んだが、ルルーシュには自身のプライドよりも守らなくてはならないものがあった。
 だからこそ、ルルーシュは迷わずに駒となることを選んだ。皇女としての自分を全て失い、その上もう2度とナナリーと言葉を交わすことが出来なくても。
 シャルルと取引をしたルルーシュはランペルージの名を与えられ皇帝直属の機関である機密情報局に送られた。皇女であるルルーシュが何故名を変えてまでこんな場所に送られているのか、機密局の人々の興味を誘ったが、それを問える者もおらず、ルルーシュ・ランペルージが本当は皇女であるということは公然の秘密となっていた。
 強くなれ、駒となることを選んだルルーシュにシャルルはそう告げた。シャルルの言葉に答えることが出来なければ、ナナリーに危険が及ぶかもしれない。そのため、ルルーシュは血を吐くような思いで努力を重ねた。
 体力が足りないならと毎日吐いてまで走った。手の肉刺が破けるまで剣術訓練をし、腕が上がらなくなるまで射撃訓練をした。睡眠時間を削って戦術や兵法を学んだ。そうして身を粉にして日々を過ごすうちにルルーシュは14歳になっていた。
「姉さん、少し休んで」
 ついに実用化にこじつけ次の戦争では実戦投入されるだろうとされる、人型自由戦闘装甲騎KMFのシミュレーションを行っていたルルーシュに、ドリンクと共に声が掛けられた。心配が隠しきれない、それでいて労わるような声にルルーシュは振り返る。
「ロロか」
「邪魔してゴメン。でもさっきからずっと続けてるから、心配で」
 ロロの気遣いにルルーシュは少しだけ口元を緩め、そしてその柔らかな髪をそっと撫でる。
「ありがとう。少し休むとするよ」
 ロロはルルーシュが機密局に来るよりも以前から工作員として任務についていた。話によると物心ついたときにはここで教育を受けており、親の記憶は一切ないとのことだ。ルルーシュがロロと初めて出会ったとき、ナナリーといくつも変わらない子供がいることに驚いたが、ただそれだけだった。
 あるとき、任務から帰ったロロが返り血に塗れたまま機密局に戻って来た。子供の頬にこびりついた血を拭おうとしない大人の態度や、血を拭うことすら知らない子供の様子にルルーシュは黙ってみていることが出来なかった。ルルーシュはロロの手を引き、濡らしたハンカチでこびりついた血が落ちるまで丁寧にその頬を拭った。
 それが2人の切っ掛けになり、今では血の繋がりこそはないものの本当の姉弟のような関係に至っていた。 「ロロの髪は柔らかくていいな」
「そうかな? 僕は姉さんの髪のがいいと思うけど…」
 ロロはルルーシュの短く切られた髪にそっと手を伸ばす。さらさらと絹のような肌触りの漆黒の髪は光を浴びて、艶やかに輝く。短いままでも充分に美しい髪だが、長かった頃はもっと美しかったのだろうとロロは思った。
「ねえ、どうして姉さんは髪を切ってしまったの?」
「ここに入って結果を出すために、長い髪など邪魔だろう」
 髪を切ったのは母の庇護下にいた“ルルーシュ”はもういないのだと、自分を戒めるたの行為。こうすることによって甘い自分を切り捨てたのだ、思い込もうとしてる。けれど、本当はただの意地だと、ルルーシュは気が付いている。
「邪魔なんかにならないよ! 姉さんは誰よりも努力してるし、その努力が髪の長さで変わるなんてことは絶対にない!」
 ルルーシュが諦念した笑みと共に言った言葉にロロはすぐさま反論する。任務しか知らない自分に温もりを教えてくれたルルーシュをロロはこの世の誰よりも大事に思っていた。いつの日かロロが大切に思うルルーシュ自身をルルーシュにも大切にして欲しいと、そう願うようになった。
「だから、また伸ばしてみようよ!」
「ロロ…」
 必死に言葉を重ねるロロにルルーシュは慈しむように笑った。まるで感情がないような子供であったロロが、こうして感情を見せられるようになったことを喜ばしく思う。
 母を失い、今までの全てを捨て、愛するナナリーと引き離された。そんなルルーシュの凍り掛けた心に喜びという温かい感情を与えてくれたロロの為ならば、自分のつまらない意地を張り続けるのも止めてもいいかもしれない、そう思えた。
「…そう、だな。おまえがそこまで言うなら」
「姉さん…!」
「ランペルージ!」
 2人の間にあった和やかな雰囲気を壊す無粋な呼び声にロロはあからさまに眉を寄せる。やってきたのは同じ機密局の男でロロの冷ややかな視線に体を強張らせながらも、彼はルルーシュに向かう。
「今日、任務はなかったはずですが、何でしょうか?」
「皇帝陛下より、謁見するようにとのご命令だ」
 皇帝、その言葉にルルーシュも眉を寄せて顔を顰めるが、ルルーシュは即座に了解したと返す。ナナリーという絶対のカードを握っている皇帝の命に背くことなどルルーシュには出来ないのだ。
「ロロ、すまない。また今度ゆっくり話そう」
 まだ顔を顰めたままのロロの頭を一撫でして、ルルーシュはその場を後にした。






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2008/09/27
2008/11/19(改訂)