いま、ここで
泡沫の唄  六




「先輩が休みの日に町まで出てくるなんて珍しいですよね?」
「…ん、久しぶりに予定が空いた」
 他愛のない話をきり丸と交わしながら、一緒に団子屋から忍術学園に続く道を歩く。
 無口で口下手な長次は長年肩を並べ学んだ級友達ならいざ知らず、他の者となると会話が途切れがちになってしまうのが常だったが、きり丸との会話は途切れることなく続いている。
 それはきり丸が通訳を介さなくても長次の言葉を理解できることや、きり丸が気後れせずに長次に話しかけているからこそだろう。
「休みの日も本なんて、さすが先輩で…」
 続いていたはずの会話が不自然に途切れた。
 どうしたのかときり丸の様子をうかがってみれば、その視線の先に膝を抱えて蹲る小さな少年の姿がある。
(迷子、か)
 どうするべきかと考えたその時、少年に向かって女性が駆け寄ってきた。
「この馬鹿!母ちゃんの言いつけ守らないから迷子になるんだよ!」
「か、母ちゃぁぁん!」
 少年は母親に抱きついてわんわんと泣いた。母親は男が泣くんじゃないよ、みっともない!と怒ったように言いながらも、その表情は至極安心した様子で、ぎゅっと息子を抱き締めた。そうして泣き止んだ少年は母親に手を引かれ家路に着く。
 きり丸は何も言わずじっとその光景を眺めていた。
 戦で親兄弟、育った村すら失ったきり丸の心の内にはどんな想いでいるのだろうか。
(寂しい?恋しい?それとも…)
 いくら考えたところで心の内を知ることなど出来ない。長次に出来ることは隣にいることだけだ。それはきっと今きり丸の隣にいる自分にしか出来ない。
 長次はきり丸の小さな手をそっと握る。するときり丸ははじかれたように顔を上げた。
「…、帰ろう」
 その言葉にきり丸は一瞬きょとんとして、そうして破顔する。
「はは!そんな子供じゃないっすよ!」
 早くに大人になることを求められたきり丸。自分の前だけではそう振る舞うことはないのだと、そう指先から伝わればいいと願って長次は握った手に力を込めた。




 先程までとは打って変わり、無言で二人は歩く。手は、ぎゅっと繋いだまま。
「…先輩」
 それはさもすれば周りの雑踏にかき消されてしまう程の小さな声だった。
「むかし、どうすればいいかわからなくて、なんで俺だけって思ってました…」
 ぽつり、ぽつりと、きり丸は独り言のように話し出す。
 戦で全てを失って涙し絶望した日、何故自分達の村だったのか、一人だけが生き残ったのか。怒りと憎しみ、悲しみの中、家族の元へ逝こうと思ったこと。
「でも、そんな時でも腹は減るもんなんです。おかしいですよね、死にたいって思っても、体は生きたいって叫ぶんです」
 泣きながら食べた。そうして実感した。まだ自分はここにいるんだと。生きているんだと。
「それから何でもしました。ひたすら稼いで稼いで、必死にただ生きてました」
 残された命を繋ぐためにひたすら働いた。でも、ただそれだけだったのだ。
「そんなとき世話になった坊さんにここを勧められたんです」
 どうして高い銭を払ってまでそんな学園に行かなくてはならないのかと当時はまったくわからなかったが、今のきり丸にはあのときのお坊さんの意図が分かったような気がした。
「あの人は俺に生きる意味を持たせたかったのかな、なんて思うんすよ」
「生きる、意味」
「当たってるかどうかは、わかんないんですけどね」
 きり丸は立ち止まって、長次を見上げる。
「俺、忍術学園に入って良かったです」
 先程、あの親子を見たとき、おぼろげな記憶の中の家族を想った。
 けれど、昔独りで生きていた頃のように、胸は激しく痛まなかった。
 大切な親友が、級友が、恩師がいる。そして、手を握ってくれる人がいる。
 心に負った傷が無くなったわけではないけれど、その傷を包み込んでくれる人達が今のきり丸にはいる。
「乱太郎やしんべヱ達、土井先生に会えた。中在家先輩に、会えた」
「…きり丸」
「先輩に誇れるように、生きたいです」
 初めて惹かれた特別な人に誇れる自分でありたいと、そうやって生きたいと思った。
 そう思えるようになったとき、ようやく立ち止まっていた歩みを再び始められた気がする。


(父ちゃんも母ちゃんも安心してくれたかな)


 笑って、泣いて、誰かを思って。そんな当たり前のことを出来ずにいたのが、出来るようになった自分を見て、安心して欲しいときり丸は想った。もう大丈夫、独りじゃないから、と。


(俺はここで、たくさんのいいやつらに恵まれて、こんな優しい人を想っている)




(今、この場所で俺は生きてるよ)




  





2010/12/23




 きりちゃんの過去については考えると色々止まらなくなります。うまく伝わるような文章が書けるようになりたいです!