泡沫の唄 五 久々の何も予定もない休日。同室の小平太に鍛錬に誘われたが、それを断って、長次は町へ出ていた。 古書屋で急かされることもなくゆっくりと本を吟味して、そうして数冊良さそうな本を購入することが出来た。表情こそ変わらないが、足取りはどこか軽く、長次の心境を表していた。 せっかく町へ出たのだから小平太達に何か土産でも買って帰るか、そう思い立った長次は前に仙蔵がうまいと話していた団子屋に向かう。 団子屋に着くとちょうど客が帰るところらしく、店の者らしき少女が凛としたよく通る声でありがとうございました、と客を見送っていた。近づく長次に気が付いた少女がくるりと振り返る。 「お兄さん、おいしい団子はいかがですか?」 にっこりと笑っていた少女は長次の顔を見ると何故だか、あ、と驚きを露わにした表情を浮かべた。 いったい何に驚いたのか長次には皆目見当も付かないが、もしかするとよく怖いと怯えられるこの顔に驚いているのではないだろうか。 初めてのことではないとはいえ、切ないものである。心内で落ち込んでいると、少女は再び笑みを浮かべた。 「中在家先輩!こんにちは」 「??」 見知らぬはずの少女にいきなり名を呼ばれ、長次は思わず首を傾げ、じっと少女を見つめる。 青みがかったまっすぐな黒髪に、パッチリとした瞳、笑った口元からのぞく八重歯、長次が常日頃よく見ている容姿だった。 「…きり丸、か?」 「うふふ、今はきり子ですよ」 着物の袖を口元に当てて笑うきり丸は本当に少女のようだ。まだ変装の授業すら受けていないだろうにこんなにも少女になっているきり丸に長次はただただ感心する。 「で、先輩ご注文は?」 「…団子を6つ」 「お土産でよろしいですか?」 きり丸の言葉に頷いて返すと、軽やかに身を翻して店の方へ駆けていく。 「団子6つ、お土産でーす!」 注文を通すときり丸はそのまま新しくやって来た客の注文を受けたり、食べ終わった皿を下げたりと休むことなく働く。その様子から何故だか目が離せなかった。 長次が見ていることに気が付いたのか、目が合うときり丸は少し照れたような笑みを浮かべて、小さく手を振る。その姿に長次の胸はあたたかくなり、小さな笑みを返した。 「おや、きり子ちゃんの恋人かい?」 店からひょっこりと顔を覗かせた壮年の男性が声を掛けてきた。手に持っているのは団子の包み、おそらくこの店の主人だろう。 「もう、先輩になんてこと言うんですか!」 「いやいや、きり子目当てのお客が泣くなぁ」 「いや…その、」 「きり子の良い人だったらおまけしないとな、ちょっと待ってなさい。きり子、今日はもう一緒に上がっていいから」 「え!?」 「駄賃はいつもと同じだけ出すから心配しなくていいぞ」 「そうゆうことなら遠慮なく!」 嵐のような早さで進む会話に長次が口を挟めるわけがなく、長次はただただ待つことしか出来ない。 「はい、お待たせしました」 先に主人がおまけが増えた団子を持って出てきた。長次が代金を支払い、団子を受け取る。そのとき主人が小さく囁いた。 「きり子をよろしくお願いしますね」 「…、」 「本当によく気が利いて、よく働いてくれるいい子なんです。あの子は弱音なんて一言も言いませんが、幼い身空で親兄弟を失って一人で頑張って、辛いことのが多かったでしょう。 それでも頑張るあの子をおこがましいかもしれませんが、わたしゃ実の子のように思っとるのです。だからどうか、きり子をお願いします」 主人はそう言って深々と頭を下げた。予想していなかった展開に長次は戸惑うしかない。 「か、顔を上げて下さい…」 「あら、どうしたんですか?」 そこへ帰り支度を整えたきり丸がやってきた。不思議そうに首を傾げている。 「いや、きり子のことをお願いしてたんだよ」 「だから、違うって言ってるじゃないですか!先輩を困らせないでくださいよ!」 「あはは、そうゆうことにしておこうか。きり子また次も頼むよ」 「はーい。こちらこそまたお願いします」 じゃあ先輩行きましょう、と言って歩きだしたきり丸を主人があたたかなまなざしで見送っている。長次は主人に深く一礼をして、先を行くきり丸を追いかけた。 先を行くきり丸の後姿は少女の姿と相まってか酷く儚げに見え、長次の心を揺らした。 続 2010/12/08 きりちゃんと言ったら女装は外せないですよね! |