泡沫の唄 四 今日は久しぶりの長次と一緒の委員会の当番だ。図書室の扉を開けたきり丸は、もうすでにいた長次に向かってぺこりと頭を下げる。 「中在家先輩、今日よろしくお願いします」 長次は小さく首を縦に振った。相変わらず無口な長次に以前だったら苦手意識が強まるだけだったのに、今はらしいな、とむしろ好感がもてる。 げんきんなものだと自分でも思いながら、きり丸は委員会の仕事に取りかかる。 貸し出されている本で期限が過ぎているものは督促状を作ったり、返却された本を本棚に戻しつつ、ついでに本棚を整理したりといった作業を長次ときり丸は黙々とこなしていく。 (よし、あとこれ片せば受付だけだから、内職出来る!) そう思うと自然と足取りは軽くなる。きり丸は両手で抱えた本を手際よく片付けていく。 しかし、最後の一冊が難関だった。 (と、届かねぇ!) 上級生向けのその本は本棚の一番上の段に仕舞うものなのだが、一年生のきり丸では踏み台に乗っても届かない。 めいいっぱい背伸びをして微かに届くか届かないか、もうちょっとっと身を乗り出したその瞬間、ぐらりと踏み台が揺れた。 「うわ…っ!」 倒れる、そう思ったきり丸はやってくるであろう痛みを覚悟してぎゅっと目を瞑った。 「…わ、ぷ!」 痛みはやってこなかった。気が付いた長次がきり丸の体をとっさに受け止めてくれたのだ。 「あ、えっと、ありがとうございます」 「無理は、するな」 そう言いながら長次は片腕できり丸を抱え直して、持っていた本を受け取りさっさと本棚に戻してしまった。 長次はきり丸を抱えたまま、先程までいた受付の机のところまで歩いて、そのまま腰を下ろす。自然ときり丸は長次の膝の上に座る形になる。 「え、あの、」 動揺するきり丸を長次は何も言わず、無事を確かめるように抱きしめた。 「……心配した」 「中在家先輩、その、すみません、でした」 「次は、言うように」 いいな、と確認するように額がくっつきそうなほど近くから瞳をのぞき込まれる。 その瞳は驚くほどにただただ真摯で、きり丸はこくり、と頷くことしか出来なかった。 「……、」 きり丸が頷いたのを確認した長次は幼子を誉めるようにやさしく頭を撫でる。浮かぶ表情はいつか見せた笑みのようにやわらかい笑顔で、きり丸はまたその笑みに魅入る。 (どうして) (どうして、そんなに先輩はやさしいんだろう) いくら同じ委員会の後輩だからと言ってここまでする必要はないはずなのに。 (俺なんかに優しくしても、得なんてないのに) そのことに長次が気が付いて、いつかこの笑みを、優しさを、あたたかい手を、向けられなくなる日が来るのかもしれない。 そんな未来を自分で想像すれば、胸がキリキリと痛みを訴えた。 痛みに耐えるようにきり丸が長次の服の裾をぎゅっと握ると、長次は宥めるように背を撫でてくれる。掌から伝わってくるやさしい長次のぬくもりがひどく心地良い。 その日、きり丸はいつの間にか長次が自分の中で特別な存在になりつつあることに気が付いてしまったのだった。 続 2010/10/11 展開早い気がしますが、きりちゃん自覚?話でした。たぶん次は長次サイド。 |