泡沫の唄 一 忍術学園――忍びを目指す者が集う学び舎。そこではきっと誰かを蹴落としてでも忍びを目指さんとする、そんな熾烈な争いが繰り広げられているのもなのだろう。 (正直、こんなところだとは思ってもなかったな…) 入学前に思ったそんなきり丸の想像を裏切って、そこは不釣合いなほどにここはあたたかい場所だった。 「きりちゃーん!早く夕飯食べに行こうよー!」 「ぼくお腹ペコペコだよ〜」 ふと物思いに耽っていたきり丸を現実に引き戻すように乱太郎としんべヱの声が響く。きり丸は悪い悪いと謝りながら、先を行く二人のところへ駆け寄った。 「今日のごはんはなんだろうね」 「土井先生が嫌いな練り物のフルコースだったりしてな!」 「ほー、そんなことを言うのはこの口か!」 突然背後から聞き慣れた声がするのと同時にきり丸の頬をぎゅっと抓られる。もちろん抓っているのはは組の教科担当、練り物嫌いの土井半助だ。 「いひゃい!いひゃいっふお、ほいへんへー!」 「あんまり滅多なことを言うな。ホントになったらどうしてくれる」 「そりゃ先生、そんときゃ俺が食べてあげますよ。食券2枚で」 「……」 「〜〜〜っ!!」 きり丸の言葉に土井は無言のまま頭の拳を振り下ろした。いつものことながらあまりの痛みにきり丸は涙目になって頭を抱えて悶絶している。 「きりちゃんったら、いつも一言多いんだもの」 「きり丸、大丈夫ー?」 乱太郎が呆れたように笑い、しんべヱが心配そうにきり丸の顔を覗き込んだ。 こんな何気ないやりとりや向けられるあたたかい感情が、なんだかとてもくすぐったくてきり丸はへへ、と眉を下げて笑う。 「大丈夫だよ。ほら、早くメシ食いに行こうぜ」 「そうだね!」 そう言って食堂の方へ向かって走り出す3人に土井は溜息を吐きながら「廊下は走るなよ」と声を掛けるが、まったく耳には入っていないようだ。忍びを目指しているたまごだというのにバタバタと足音を立てて走って行く。 「…まったく、あいつらはしょうがない」 呟いた言葉とは裏腹に土井の表情はどこか嬉しそうだった。 食堂でおばちゃんによるおいしい夕食を食べ、さてこれからどうするかとなったその時、きり丸が「俺、今日委員会だわ」と2人に告げた。 「え、きりちゃんこれから委員会なの?」 「そーなんだよー。急に委員会になってさ、せっかくバイトするつもりだったのに」 「うちも大変だけど、図書委員も大変だねぇ」 「まあな。お、そろそろ時間だから行くな」 「うん、頑張ってねー」 図書室の方へ向かって走り出したきり丸を見送った乱太郎としんべヱは忍たま長屋へと向かって歩き出す。 「ねえ乱太郎」 「なあにしんべヱ?」 「バイトするつもりだったのにって言いながらもきり丸あんまり嫌がってなかったね」 「あ、やっぱりしんべヱもそう思った?」 「うん。どうしたんだろう? 委員会でおいしいお菓子でも出るのかなぁ?」 「まさか。図書室は飲食禁止だよ」 「あ、そっかぁ」 じゃあなんでだろうねぇ、しんべヱは首を傾げて呟くが、答えを知るきり丸がいない為に結局その疑問の答えはみつからないままだった。 (委員会なんて冗談じゃない、ずっとそう思ってた) せっかくの自由時間を拘束され、アルバイトが出来なくなってしまうのだ。自身を天才アルバイターと称し、小銭を稼ぐことを命よりも大切だと言うきり丸にとってその時間は苦痛ですらあった。 (でも、今は) 委員会を苦痛と感じなくなった。それどころか、は組のみんなと過ごすような、きり丸にとって心地良い時間となっていた。 ようやく着いた図書室。きり丸はドアを勢いよく開ける。 「遅くなりましたー!」 「遅い!」 きり丸が図書室に入った途端に能瀬久作の叱責が飛ぶ。慣れたものできり丸はまったく意に介さず、はいはいと軽く流すだけだった。それに怒った久作がきり丸に言い募ろうとするのを見て不破雷蔵が間に入った。 「まあまあ、みんな集まったばかりじゃないか」 「でも…!」 「ほら、先輩。集まったんですから始めましょうよー。きり丸もわざとあおらないの」 雷蔵に続いて二ノ坪怪士丸にも宥められ、久作はしぶしぶ作業を始める。 「能瀬先輩は真面目すぎんだよなぁ」 「きり丸!」 「わかってるよ、怪士丸」 優しい雷蔵や怪士丸との会話は勿論、久作とのちょっとしたやりとりも、態度にこそ表さないが好ましく思っていた。 「あ、中在家先輩、遅れてすみません」 先程の会話を委員長の中在家長次がじっと見ていたことに気が付いていたきり丸はぺこりと頭を下げて謝る。すると長次の大きな手がきり丸の頭を優しくぽんぽんと撫でた。 「…いい。気にするな」 それだけ小さく呟くように長次は言うと黙々と作業を始める。きり丸は撫でられた頭を自分の手で押さえて、皆に気付かれないように小さく照れくさそうに、それでいてとても嬉しそうに笑った。 (この人がいるここが、すごく好きなんだ) 続 2010/06/08 怪士丸とか喋り方が偽者です・・・すみませ・・・orz |