泡沫の唄 序 (あの日、いつもの学園長のちょっとしたおつかいこなして、いつものように学園に戻る。それだけの、それだけのはずだった) 雲に覆われた夜空。微かに射す月明かりの中、先行く2つの影、そしてそれを追う複数の影が忍術学園へと続く山道を駆け抜けていく。 突如走った悪寒に後ろを振り返れば、目に微かな月明かりを反射したであろう光が飛び込んできた。 「―――…ッ!」 光に霞む目で後ろから投げつけられた手裏剣をなんとか忍刀で弾き返す。けれど、そのせいで体制を崩し、よろめいてしまう。 「っつ…!」 よろめき無防備となった背を庇うようにもうひとつの影が追手との間に立ち塞がった。 『――なあ、乱太郎』 矢羽音で呼びかけられ、乱太郎は後ろにいるきり丸に視線を向ける。 『ここは俺が食い止めるから、おまえが密書を学園に運ぶんだ』 『な…!? そんなこと出来るわけないでしょう!』 親友を1人残して自分だけこの場を去るなんて出来るわけがないと、乱太郎はそう憤った。 乱太郎の言葉にきり丸は初めて忍術学園の門をくぐり出会ったあの頃を思い出した。あの頃からちっとも変わらずにいつまでもお人好しなほどに優しい乱太郎に、きり丸はなんだが嬉しくてそんな場面ではないというのに思わず笑みを零す。 『おいおい、忍びはどんなことをしても任務を遂行しなくちゃいけないんだぜ』 『そんなことわかってる!けど…!』 『乱太郎、おまえの方が足が速い。んで、俺の方が実技の成績が良い。適材適所って奴だ。わかるだろ?』 諭すようにそう言われ、乱太郎はそれ以上嫌だと言うことは出来なかった。 『……きりちゃん最近、言い方が土井先生に似てきてたよね』 『ははっ それは困ったな』 乱太郎達が矢羽音で会話を続ける中、追手達はじりじりと距離を詰めてきている。もう時間はない。 『俺が合図したら走れよ』 『分かった。…密書を渡したら、は組のみんなで加勢に来るから!だから、それまで…!』 『…おう、待ってるぜ』 全神経を集中させてじっとそのときを待つ。そうして、今まで辛うじて射していた月明かりが分厚い雲に覆われ、辺りが急に暗くなったその時、 「散ッ!」 きり丸の合図と同時に乱太郎は走り出す。しかし、闇に乗じて仕掛けたのは自分達だけではなく、追手達も同じだった。キンッと、金属同士がぶつかる甲高い音が響き渡る。密書を奪おうとする追手とそれを防がんとするきり丸の戦闘が始まっていた。 今すぐに引き返して追手を食い止めんと戦うきり丸のところへ戻りたい。けれど、そうすることは許されない。 乱太郎は自分に出来ることは一刻も早く密書を届け、そうしてきり丸の元には組の皆で加勢に行くことだと言い聞かせ、闇夜をひた走る。一分でも一秒でも、早く、早く。 (そのときの僕は別離について分かったような気になっていたけれど、本当にそれが僕達の身に降りかかることだなんて思ってもいなかったんだ) (そうして僕達は知る) (それは遠いどこかの話なんかじゃなく、常に僕らの日常と裏表となり存在するのだと) 続 2010/04/25 |