君のいる明日 03 ゼロレクイエムから1年、ルルーシュは未だ眠り続けている。 あの日から世界は変わり始めた。前の世界より、少しばかりマシになった。けれど、まだまだ問題は山積みで、スザクとルルーシュが望んだ世界にはまだ程遠い。 だからこそまだ英雄『ゼロ』は必要だった。ゼロは各国を繋ぐ架け橋として、アドバイザーとして、精力的に活動を続けていた。 「おかえりなさいませ、“ゼロ”様」 「ああ。咲世子、ルルーシュの様子は?」 「お変わりございません、よく眠られております」 「そうか」 ゼロの仮面をとったスザクはその仮面を咲世子に手渡す。咲世子は受け取った仮面を抱いて一礼し、部屋から退出する。スザクは無意識のうちに詰めていた息をそっと吐いた。 厳重なセキュリティの張り巡らされたその一室“ゼロ”に与えられた住居である。そこに自由に出入りできるのは“ゼロ”であるスザクと、メイドの咲世子、神出鬼没の魔女C.C.、忠実なる僕ジェレミアの4人だけだ。 悪逆皇帝の汚名をあえて被ったルルーシュの生存を知っているものは他にもいるが、だからと言って彼らを信用することは出来ない。けれど、咲世子のルルーシュへの忠義を疑う理由もなく、ゼロとしての活動の為ルルーシュの側にいることの出来ない自分の代わりに、ルルーシュに付いて貰っている。 「ただいま、ルルーシュ」 部屋の奥には大きなベッドが置かれ、その上でルルーシュは眠っている。 不老不死になったわけではないルルーシュは点滴から栄養を摂っているが、それだけで賄いきれるものではない。元々白かった肌は血の気を失い更に白くなり、細かった体も更に細くなっている。 「1週間ぶり、だね。会議は無事に終わったよ、ナナリーも頑張ってた」 ルルーシュを連れて行かないで欲しい、真実を教えて欲しいとずっと泣き続けていたナナリーも、今ではブリタニアの国家主席として精一杯努力している。 「ナイトメアの規制とかはまだまだ時間が掛かりそうだ…いつになったら、世界は優しくなるのかな」 相変わらず手触りのいいルルーシュの髪を何度も梳きながら、スザクはルルーシュに向かって話しかけ続ける。 「そういえば、髪伸びたね。今度切って貰おうか?」 些細な日常の会話。ブラック・リベリオンの前に電話で話して以来、スザクとルルーシュの間でそれが行われることはなかった。志を共にするようになってからは、ゼロレクイエムに関することばかり話していた。 (もっと、君と話せばよかった) くだらない話も、大事な話も、なんだってすれば良かった。ルルーシュを手に掛けた日から後悔ばかりが繰り返される。 「…でも、君はきっと目を覚ます。それを、信じてる」 きっとやり直せるのだと、そうスザクは信じているのだ。 そのとき、“ゼロ”の携帯電話が鳴り出した。スザクはルルーシュから少し離れてから、電話に出る。用件は先日まで行われていた会議についてだった。 「私だ。……それなら案件をまとめて提出してくれ。ああ、頼んだ」 ゼロとして振舞わなければならない時、とても気力を使うものだと初めて仮面を被ったあの日に知った。なんて重いのだろうか。人々の希望となるというのは。 「……、…く?」 「ん、」 「…すざく?」 小さく、けれど確かに届いた声にスザクは勢いよく後ろを振り返る。変わらず底に横たわるルルーシュの瞳が薄く開き、懐かしいアメジストが確かにスザクを映していた。 「る、るーしゅ」 「…なんで、俺…」 「ルルーシュ!」 ルルーシュは呆然し、静かに視線を巡らせる。自分が生きていることに驚きを隠せない様子だが、それも無理はない。あの奇跡がなければ、本当に死ぬはずだったのだから。 何故、と問うルルーシュに答え、スザクは出来うる限り完結に事の次第を説明する。すると、ルルーシュは辛そうに眉を顰めた。 「すまない」 「え?」 「ユフィの仇、討たせ損ねた」 「―――!」 後ろ頭を鈍器で殴られたような、それほどまでに衝撃的な言葉だった。 ルルーシュはスザクがあの時、ユーフェミアの仇がやっと討てると喜んで彼を突き刺したとでも思っているのだろうか。確かに、ルルーシュはユーフェミアの仇だ。それはずっと変わらない事実だ。けれど―― 「君は…!」 「スザク?」 「ああ、もう! 目が覚めてそうそうそんなこと言うなんてルルーシュぐらいだよ! 確かに君はユフィの仇だけど、ホントに仇とりたいなら君が寝て間にいくらでもとれるよ! なんで僕が君が起きるのをずっと待ってたかとか考えれば、君は頭良いんだからそのくらいわかってよ!!」 一気にそう告げるとルルーシュはぽかんとした表情でスザクを見上げている。スザクは息を整えて、ルルーシュに向けて微笑んだ。 「…おかえり、ルルーシュ」 ――ずっと君を待っていたよ。 next 2008/10/07 2008/11/19(改訂) |