細い肩に見合わぬ重圧を背負った少女の命の灯火が、ここで消えてしまわぬように。
Eternal trinity 09



 シュナイゼルが政庁からベースを使用し移動する情報を得た黒の騎士団は、そのルート上に待ち伏せし、ベースを包囲した。今、ベースを囲んでコーネリア軍と熾烈な戦いを黒の騎士団を繰り広げている……はずなのだが、黒の騎士団きってのエースであるカレンはゼロに付き従いベースの中にいた。
 ゼロは命令ひとつで見張りの兵士たちを動かなくさせ、どんどんとベースの奥に入って行く。最後に辿り着いたのはベース内にある指令所だ。そこにはシュナイゼルとユーフェミアの姿があった。
「大胆だね、ゼロ」
 シュナイゼルは悠然とゼロに話しかけた。その話し方、指先の動き1つが洗練されたもので、彼は紛れもなく皇族なのだとカレンは実感した。
「シュナイゼル、おまえに話がある」
「それを信じるとでも?」
 シュナイゼルは徐に右手を動かした。その手に銃が握られていることにカレンが気が付いたときには、もうすでに銃口は火を吹いていた。一見、戦いとは無縁そうな紳士的な容姿を裏切り彼の行動は素早く的確だった。
「ゼロ…!? よくも!」
「カレン、止めろ」
 銃を構えたカレンを制すように手を広げた。その手から血が滴って、床を赤く塗り替える。鉄くさい臭いが鼻を掠めた。
「怪我が…!」
「かまうな。シュナイゼル、私はおまえに話がある。それが今回の襲撃の目的だ」
 ゼロは自身が負傷したというのに声色ひとつ変えず、シュナイゼルに再度同じ言葉を投げかけた。
「義兄様…聞いて差し上げてもいいのではないでしょうか?」
 今まで黙っていたユーフェミアが口を開いた。シュナイゼルは銃口をゼロに向けたまま、ユーフェミアの方を振り返る。
「どうしてそう思うのかな、ユフィ」
「ゼロの言葉に嘘があるように思えないのです」
「確かにね、私もそう思うよ」
 銃口はそのままにシュナイゼルは再びゼロを見据える。
「ゼロ、君の話を聞こう。ただ、念のため、この銃はこのままにしても構わないかな」
「いいだろう」
 ゼロはそう言うと、超小型の投影機を取り出し、映像を映し出した。たくさんの情報が一気に映し出されるが、カレンにはそれが何を意味するのかまったくわからなかった。
「これは…」
 シュナイゼルは驚きを隠せない声を上げた。その視線は熱心にゼロの映し出したデータを追っている。
「シュナイゼル、おまえに尋ねよう」
 ゼロは悠然とシュナイゼルに問い掛けた。何故かその姿が先程のシュナイゼルと重なって見えるのは、どうしてだろうと、カレンはゼロの見入りながら、頭の片隅でそう思った。

「ブリタニアの皇帝になる気はないか?」

 ゼロの言葉にカレンは耳を疑った。いったい何を言っているのかと。
「そこにあるのはブリタニアの国益を崩壊させず、各エリアを順に開放しながら更なる国益を生み出すプランの一部だ。他の者には無理だが、おまえならわかるだろう」
「…ゼロ、君はいったい何を考えている」
「私は日本を取り戻すだけさ」
 ゼロはユーフェミアに視線を移す。そして、ゼロの映し出しているデータを指差した。
「お飾りの副総督と言われるユーフェミアよ、これの意味が少しでもわかるか」
「……いいえ、」
 ユーフェミアは悔しそうに唇を噛み締めた。白く綺麗な指先はぎゅっとドレスの裾を握っている。
「そうだな、今のおまえにはわからんだろう。――悔しいか?」
 ゼロの言葉にユーフェミアははっと顔を上げた。
「自覚しろ、そして学べ。そうすればおまえは押し付ける慈愛ではなく、分け与える慈愛の姫になれるだろう」  辛辣にも聞こえるゼロの言葉にはどこか、親愛の情のようなものが入り混じっているように感じられて、カレンもユーフェミアも呆然とゼロを見つめる。その視線を振り切るように、ゼロはシュナイゼルに向き直った。
「どうするかは、おまえが決めろ。私を敵のままにするか、そうしないかはおまえ次第だ」
 ゼロはシュナイゼルに向かって真新しい通信機を投げ付けた。
「私の案に乗るなら、それからリダイアルしろ。ああ、逆探知などは一切出来ないようになっている。変な気は起こすなよ」
 話は終わったとばかりに背を向けるゼロ。小さく、行くぞ、と声を掛けられたカレンははっと我に返り、ゼロの後に続く。
「待つんだ、ゼロ」
 シュナイゼルの声掛けにゼロは足を止めた。
「もしかして、ゼロ、君の正体は…」
「詮索はするな。私の正体が何であろうと関係ない」
「しかし…!」
 シュナイゼルの表情は今までになく、焦っていたようにカレンの目に映った。いったいゼロの正体が何だというのだ。カレンがそう思った時、カレンの付けている通信機から聞き慣れた声が響く。
『カレン、ゼロ撤退してくれ! 白兜が現れた!』
 扇の言葉にカレンの脳裏にクラスメイトであるスザクの顔が浮かんだ。
「ゼロ…!」
「聞こえていた。カレン、脱出するぞ。団員達にも撤退を開始するよう指示をしろ」
「はい!」
 ゼロはカレンを伴って指令所を後にした。その後は格納庫に仕舞われていた副座式の巨大なナイトメアを奪い、ゼロとカレンはベースを脱出する。
 空を飛ぶナイトメアから下をモニターに映し出せば、白いナイトメアがこちらを見上げているのが映し出された。

「枢木スザク…」

 ゼロの声がいつもより頼りなく、細く聞こえてカレンは慌てて後ろを振り返った。そこには座席にぐったりと凭れ掛かるゼロの姿。耳を澄ませば、まだ血が止まらないのか、血の滴る水音が続いている。
 カレンは全推力を使って黒の騎士団のベースへと帰還した。


「ゼロが負傷してるの! 誰か担架を…」
 そう叫びながら、ゼロの身体を力いっぱい引けば、その身体は思っていたよりも軽すぎて、カレンはゼロ抱えたまま尻餅を付いてしまう。
「カレン! ゼロを降ろしてくれ!」
「あ、うん!」
 ゼロを抱えて降りれば、団員達が息を呑むのが聞こえた。暗がりではよくわからなかったが、ゼロの出血は酷いものだった。死んでしまってもおかしくはない。
「今、ラクシャータがくる! …出血が酷いな、増血剤の注射を…」
「待て」
 扇の行動を制したのはC.C.だった。彼女はゼロに助かって欲しくないとでも言うのだろうか、どうして、とカレンが問い掛けようとした時、ラクシャータが姿を現した。
「どうしたの? 揉めてるみたいねぇ」
「それが、C.C.が増血剤を使うなって…」
「使うなとは言っていない、待てと言ったんだ」
「どういうことだい?」
「ゼロは妊娠している。胎児に影響のある薬物を使用するな。影響がないものなら構わない」
 団員達に一斉にどよめきが走る。ゼロが妊娠、つまり、ゼロは男でなく女性で、その上に母親だというのだ。まさに青天の霹靂、カレンも驚きを隠せない。
 ラクシャータはふぅん、やる気のない返事をして担架に寝かされているゼロを一瞥する。
「わかったよ。ところで、酸素マスクを付けたんだが、この仮面を外しても構わないかい?」
「緊急事態だ、構わんだろう」
 常にゼロの顔を覆っていた仮面がラクシャータの手によって外された。そこから現れたのは見知った容貌にカレンは思わず声を上げた。
「ルルー、シュ…!」
 彼女は死んだはずだった。葬儀にカレンも参加した。いや、しかし死体は見つからず、棺桶は空のままだった。ルルーシュの死は偽装だったのだろうか。それとも他人の空似とでも言うのだろうか。
「あいつが目覚めたら、好きに問いただせばいい」
「C.C.…!」
 C.C.の言葉にカレンは少しだけ冷静さを取り戻した。とにかく、すべては後だ。今はただゼロが、ルルーシュが助かるのを祈るだけだ。カレンは運ばれていく担架を見送りながら、そう強く祈った。




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2007/10/16
2008/11/12(改訂)