少女こそ未来を示す道標。
Eternal trinity 10



 藤堂が黒の騎士団のベースに帰還すると、そこはいつもとは違うざわめきに包まれていた。一体どうしたものかと藤堂が疑問に思いながらその様子を見ていると、団員達の間を抜け、朝比奈が駆け寄ってきた。
「おかえりなさい、藤堂さん! お疲れ様です」
「ああ。…朝比奈、この騒ぎは何だ?」
「あー、コレはですね、ゼロが負傷しましてその治療を始める際にゼロが美少女、しかもその上妊婦だったことが判明しまして、そのせいかと」
「…は?」
「いや、ホント言葉の通りなんですって! 疑うならゼロの容態みるついでに、確認でもしてくださいよー」
 思わず聞き返してしまったが、朝比奈が藤堂に嘘の報告をするとは思えない。ならば、朝比奈の言うことは本当なのだろう。確かにあの細い身体は女性だと言われても納得してしまう。ただ、奇抜な策を用いてブリタニアと戦うゼロが妊婦ということが意外に思えたが。
「わかった。この場は預ける」
「はい」


 ゼロの治療が行われている部屋に向かうと、藤堂とは反対側の通路からカレンがやって来た。カレンもゼロの様子を伺いに来たのだろうか。
「あ、藤堂さん」
「ゼロの容態は?」
「処置はすべて終了したとのことです、後はゼロの意識が…」
 その時、目の前の部屋から話し声が聞こえてきて、カレンはぴたりと台詞を止めた。話す内容までは聞こえないが、おそらくゼロとラクシャータであろう。余程急いでいるのか、カレンはノックもせず部屋に駆け込んでいく。
「ゼロ!」
 藤堂もカレンの後を追い、部屋の中に入っていく。治療用の機械と、点滴、白いベッドが目に入った。ギャッチアップされたベッドの上に、1人の少女がいた。整い過ぎたその容姿は、まるで少女を出来の良い人形のように見せる。藤堂はその少女に見覚えが合った。
「ゼロ…いえ、ルルーシュ、なんでしょ?」
 7年前、まだここが日本だった頃にやって来た2人の皇女。少女はそう、その時の皇女の1人、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの面影を有していた。
「テロに巻き込まれて死んだっていうのは嘘だったの?」
「…ああ、そうだよ、カレン。騙してすまない」
「私はまだいいわ。でも、ナナリーちゃんや会長がどれだけ悲しんだと…!」
「すまない」
 ルルーシュはもう一度謝罪の言葉を口にした。言い訳もせず、ただ己がしたことの結果を受け入れるその態度は、潔く藤堂の目に映る。そんな藤堂の視線を感じたのか、ルルーシュの瞳が藤堂を捕らえた。
「久しいな、藤堂」
「ああ。…生きて、いたんだな」
 藤堂がルルーシュに出会ったとき、彼女はまだ10歳だった。世界に振り回されて、傷ついていたけれど、あのときの彼女はまだ子供で、ナナリーやスザク向けて柔らかな笑みを浮かべていた。そんな少女が銃を握り、義兄を殺し、修羅の道を突き進んでいるのだ。藤堂はなんて言葉を掛けていいかわからなかった。部屋に沈黙が落ちる。
 沈黙を破ったのは、今まで事の成り行きを見守っていたラクシャータだった。
「………ところでさ、ゼロ、あ、ルルーシュだっけ?」
「ゼロでいい」
「あっそ。じゃあ、ゼロ、その腹の子はどうするんだい?」
「産む、そう決めた」
「あのね、それはアンタの勝手だけど。妊婦がそんなに大暴れじゃ、赤ん坊だって流れちまうよ。少しは…」
「そうよ! 子供よ!」
 ラクシャータの言葉を遮ってカレンがベッドの上のルルーシュに詰め寄った。そういえば朝比奈がそんな様なことを言っていたと藤堂は先程の会話を思い返した。しかし、ベッドに上半身を預けたルルーシュの身体は乱暴に扱えば折れてしまいそうなほどに細く、彼女の口から産むという言葉を聞いても、まだ本当だと思えない。
「一体、誰の…、」
 カレンは突如表情を強張らせ、不自然に言葉を途切れさせた。
「まさか、枢木スザク…?」
 スザクの言葉を聞いたとき、藤堂は彼女が妊娠しているということに得心が行った。潔癖なルルーシュがもし暴漢に襲われ望まぬ妊娠をしてしまったのなら、彼女は間違えなく堕ろすことを選ぶだろう。
 それに、7年前のあの日、2人の間にあった幼い恋心に藤堂は気が付いていた。父親に対する嫌悪から男性に心を許そうとしなかったルルーシュが妊娠しその子供を産もうとするのならば、それは心を開いた唯一の少年、スザクがいるからに他ならない。
「君はその上でスザク君と…ブリタニアと戦うというのかい?」
「待て、藤堂。私はスザクが父親とは…」
「違うのか? その腹の子に誓って言えるのか」
 ルルーシュの唇は否定の言葉を出そうとするが、それは音にはならず、ルルーシュは悔しそうに唇を噛み締めた。
「あいつ最低だわ! 恋人を妊娠させたくせに、ユーフェミアに言い寄られていい気になって騎士になんかなって!!」
「カレン! 私とスザクはそんな仲じゃない、本当に。ただ、幼馴染ってだけなんだ」
「嘘、だってあんなに仲良さそうにしてたのに…」
 ただの幼馴染だとルルーシュは言うが、そんな関係で子供が出来るはずがない。カレンの瞳は雄弁にそう訴えていた。ルルーシュはそんなカレンの瞳をまっすぐに見つめる。
「本当だ。それにスザクは私が妊娠したことも知らない。私も伝える気は、ない」
 ルルーシュは1度目を伏せて、それからゆっくりと微笑んだ。
「それで、いい。私にはそれで充分だ」
「――バカ!」
「C.C.にも、そう言われたよ」
 ああもう!と声を上げ、カレンはルルーシュの前に膝をついた。その瞳に薄っすらと涙を浮かべながら、そっとルルーシュの手を握る。
「私が、ルルーシュも、ルルーシュの子供も、全部守るから! お願い、私に貴方を守らせて」
「…ありがとう、カレン」
 そうしてルルーシュは藤堂に視線を向けた。
「藤堂、私は最初に誓ったように日本を取り戻す。この子が生きれる世界の為にも、私はもう後戻りなどしない。私がこの子を産もうとすることで、黒の騎士団に支障が出る可能性があるのは否めない…けれど、絶対に結果を出そう。だから、これからも私に力を貸してくれないか」
 気丈に振舞ってはいるが、その表情には不安の影がちらついていた。ルルーシュは自分のことを知られれば、藤堂が離れていくとでも思っていたのだろうか。だとしたら、それは大きな誤解である。
 ルルーシュは気が付いていないのだ。自分が持つ他者を惹きつける資質を。
「ルルーシュ君、君の切り開こうとする未来を信じている。我が力、君に預けよう」
 藤堂の言葉にルルーシュはほっとしたように微笑んだ。それは大人のように振舞う少女が見せた歳相応の笑みだった。
 この笑みを守ってあげねばならない、そう思った。




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2007/10/17
2008/11/14(改訂)