Eternal trinity　08 　今日はこのエリア11にシュナイゼルが視察ということで政庁にやって来る為、軍部も何かと慌しかった。 　だからと言って軍の中枢から外れているこの特派にはあまり関係がないのだけれど。けれど、シュナイゼルの肝煎り部隊である特派に所属している身としては、上司が来るのにこんなにのんびりしていてもいいものかと、セシルは思ったのだが、ここの主任であるロイドが「いいの、いいの、あの人がそんなこと気にするわけないし〜」とのんきな発言をした為、特派の者は通常任務についていたのだった。 　溜まっていたデータの整理を３分の１片付けて、一息つこうとしたセシルの耳に、ドアの開閉する際のエアー音が聞こえた。いつの間にか姿を消し、仕事を滞らしているロイドだったら、鉄拳制裁してやろうと部下にあるまじき思考でドアの方を覗き込めば、そこいたのはロイドでなく、スザクだった。 「あら、スザク君。今日はユーフェミア皇女殿下の護衛じゃ…」 　シュナイゼルを迎えるユーフェミアの護衛、そうスザクのスケジュールには書いてあったはずだ。それがどうしてここにいるのだろう。忘れ物、だろうか。 　どうしたのか尋ねようとしたその時、スザクの胸元から騎士証であるバッチがなくなっているのに気が付いた。 「ど、どうしたの、スザク君!?　騎士証は…」 　なくしてしまったのか、隠されてしまったのか、それとも剥奪された――考えれば考えるほど様々な可能性が浮かんで、セシルを焦らせた。 「騎士証は…」 　スザクが俯いたまま、暗い声で呟いた。 「自分が、ユーフェミア様に返還しました」 「え…」 　それきりスザクは黙ってしまった。俯いたままのスザクの表情は見えず、彼が今どんな思いでいるのか、セシルには皆目見当が付かない。しかし、明らかに普段と様子の違うスザクを放っておくことなど出来ず、セシルはスザクの手を引き簡易椅子に座らせた。 　手早くインスタントコーヒーを入れて、カップをスザクに手渡す。スザクはそれを受け取って、すぐにまた俯いてしまう。 「スザク君、何があったのか、私でよかったら話して欲しいの」 　隣の簡易椅子に腰を下ろし、尋ねるがスザクは黙ったままだ。スザクがすぐにぺらぺらと話してくれるとはセシルも思っていなかったので、気長に待とうと心に決めて自分の分のコーヒーに口をつけた。 　それから、10分、いやもっとだろうか、時計を見ていなかったセシルには正確な時間がわからなかったが、長い沈黙を経てスザクが口を開いた。 「……自分は、ユーフェミア様の騎士には相応しくありません」 「そんなことないわ！　誰が言ったのか知らないけど、２人は…」 「誰かに言われたんじゃありません。自分が…僕が、ユーフェミア様の騎士に相応しくないと思ったんです」 「どうして…？」 　初めて名誉ブリタニア人でありながら騎士となったスザクとその主であるユーフェミア。確かにいくつもの障害があるように感じられたけど、時間を掛けてそれを克服していけるようにセシルの目には映っていたのに、スザクは自分で相応しくないという。その理由がわからなかった。 「僕は、ユーフェミア様じゃない、彼女の騎士になりたかったって、ことをようやく思い出したんです」 　彼女――そういうスザクの声が優しく、そして後悔に塗れていて、セシルは何も言えない。 「彼女が大切だった。誰よりも、何よりも愛してた。守りたかった、支えたかった！　だから、俺は父さんを……して、僕は軍に入ったのに…！　笑っていてくれる世界にしたくて力が欲しかったのに、力をつけるのに頭がいっぱいになって、彼女を死なせた。僕は彼女の身に危険が迫っていたことにも、彼女が死んだことにも気が付けなかった!!」 　コーヒーカップを握るスザクの手は震え、零れたコーヒーがぽたぽたと数滴地面に落ちた。まるで泣かないスザクの涙の代わりのように。 「気付きもせず背を向け続けていたのに、彼女はいつだって僕を受け入れてくれた。僕はそれに甘えていた…。」 　スザクの話を聞いていたら、ふと前にスザクを呼びに言ったときに出会った黒髪の少女を思い出した。スザクの隣にいた凛とした空気を持つ綺麗な少女。もしかしたら、スザクの言う彼女とはあの少女のことかもしれないとセシルは思った。 「…もしかして、前にスザク君と一緒にいた子のこと？」 「……ッ！」 　スザクが驚愕の表情でセシルの顔を凝視する。今日初めて視線が合った。スザクの目の下には深い隈があり、憔悴した面持ちになっている。 「…どうして」 「なんとなく、なの。ごめんなさい、聞いちゃいけないことは聞かないわ」 　セシルのその言葉にスザクはほっと表情を和らげた。 「スザク君、これからどうするの？」 「……彼女が死んでしまって僕はどうしたらいいかわからないんです、今までと同じように生きていくなんて出来ない…！」 　再び表情を曇らせてしまったスザクの姿は痛々しく、悲しかった。スザクがそれほどまでに想う少女はどんな人だったのか、死んでしまった今となっては知りようもない。ただ、１つわかるのは、少女はこんなスザクを喜びはしないだろう、そう思った。 「その子はスザク君がこんなふうに嘆くのを嬉しいと思う？」 「…いいえ、きっと違うと思います」 「なら止めなさい。今のスザク君は彼女の死を理由に逃げようとしているんじゃないかしら？」 「ちが…っ！」 「死んでしまっても、彼女の為に出来ることがあるんじゃない？　もし、私が彼女だったら、死んでもそこまで想ってくれる人がいることを嬉しく思うわ」 「僕は…僕、は…」 「慌てなくていいわ、ゆっくり考えて」 　その言葉にスザクはゆっくりと頷いた。これで少しはスザクも落ち着くだろうと思ったその時、聞きなれた声が響く。 「ざーんねんでした！　スザク君、出撃だよ〜」 「ロイドさん！」 「黒の騎士団が殿下たちの乗るベースを包囲したってさ」 「ベース!?　今日は政庁にいらっしゃるんじゃ…」 「うちの上司は気まぐれだからねぇ、黒の騎士団もどこから情報をリークしたんだか」 　ロイドの瞳が立ち尽くしたままのスザクを見据えた。 「というわけで、出撃準備よろしくー！」 「…了解しました」 　ランスロットの格納庫へ向かうスザクの背中が頼りなく見えて、セシルはやりきれない思いのまま、空気を読まないロイドに教育的指導という鉄拳制裁を振り下ろした。 next 2007/10/15 2008/11/12(改訂)