誰の思惑でもなく、自らの意思で、少女は修羅の仮面を選ぶ。
Eternal trinity 07



 黒の騎士団が所有するトレーラーの一角。限られた者しか入ることが許されないゼロの私室に、C.C.がするり、と音もなく入ってくる。
「ゼロ」
「どうした」
 パソコンのディスプレイを見つめたままの人影は動かない。
「…いや、ルルーシュ。本当によかったのか?」
「何がだ」
「“ルルーシュ・ランペルージ”を殺して」
「ランペルージはこれからの活動の上で枷となる。だから排除したまでだ」
 ルルーシュが死んだ――それはルルーシュ自身によって偽装されたものである。ギアスを掛け、物的証拠や目撃証言を作り、ルルーシュは“ルルーシュ・ランペルージ”という存在を殺したのだ。
 ルルーシュはパソコンのディスプレイから目を離し、C.C.の方へ身体を向ける。
「…私は最初、ブリタニアへの憎しみからブリタニアの崩壊を望んだ。しかし、それではナナリーの望む優しい世界が訪れないと気が付いていた。ただ、私が認めたくなかっただけで」
 例え今、ブリタニアを倒し、日本を独立させたところで、諸外国――特にブリタニアと変わらず貪欲な中華連邦はここぞとばかりに日本を狙うだろう。そうすれば、また戦火の渦に飲み込まれるだけで、優しい世界など到底訪れない。
「日本に手を出させないように牽制するものが必要になる。癪に障るがブリタニアがうってつけだ。」
「そううまくいくか?」
「確かに今のブリタニアでは日本の独立を認め、更にその後日本を庇護するなど考えられんだろう。だったら、そうブリタニアを作り変える」
「内部からの変革など、と言っていたお前がそれをするのか?」
「私は確かに作り変えると言ったが、内部からとは言ってないぞ。外から作り変えるのさ」  サイドボードに置かれたチェスボードにルルーシュは手を伸ばした。黒のキングを掴み、こん、と白のキングを弾いた。
「状況を変え、そして頭を挿げ替えればいい。目星はつけた、後はパイプを作るだけだ」
「おまえが頭になるんじゃないのか」
「私は反逆者。それだけでいい」
「そのためにナナリーすら遠ざけたか」
「そうだ」
 反逆者としてルルーシュが歩む修羅の道。そこはまさしく死地。大事なものは手元に置くべきではない。失って嘆くのは、もう嫌だった。
「大切な者は離しておくべきだと言ったのはおまえだろう?」
 失わないために、自分の存在が不必要ならば、喜んで自分を殺してみせる。
 あまりにも簡単に自分の命を差し出すことを決めたルルーシュをC.C.はじっと見つめた。ルルーシュの瞳は穏やかで、もう決意しているのだと雄弁に語っていた。
「枢木と殺し合ってもいいのか」
 その言葉にルルーシュは僅かに身体を強張らせた。
「今更、だろう。私は覚悟を決めた」
「そうは見えんな」
「スザクは…スザクは殺さない。殺させない。私のすべてであいつは守る、そう決めた」
 ルルーシュの瞳はまっすぐにC.C.の瞳を射抜いた。そこに浮かぶのは強い意志。
「そこまでする価値があの男のどこにある」
「あいつが生きることを私が望んでいる。それだけで充分だ」
「馬鹿だな」
「そんな馬鹿に付き合っているのはおまえだろうに」
「私はおまえの共犯者、だからな」
 スザクがスザクの望むように生きていていけるのなら、それでよかった。例えそれが自分の隣ではなく、ユーフェミアの隣でも。
 ルルーシュに流れるブリタニア皇室の血がそうさせるのか、それともルルーシュの本質がそうさせるのかはわからないが、ルルーシュには破壊しか術がわからない。不確かな変革など、信じられない。
 ルルーシュは自分の道を行く、破壊の道を。そうして出来上がった創造の道を、未来をスザクに託すのだ。ナナリーと、ルルーシュに息衝く新たな命の未来を。
「スザクには振り返らず、前に進んで欲しい。それが願いだ」
 そう言いながら、ほんの少しでも自分を思い出して欲しいと思ったその矛盾に、ルルーシュは小さく嗤った。
 そんな甘い情や感傷などは捨て去らねばならない。これから世界に罅を入れようとするルルーシュにとって、どんな些細なきっかけも破滅に繋がりかねないのだから。

「おまえというやつは…本当に――」

 C.C.の微かに悲しみを滲ませた言葉は、最後まで紡がれることはなかった。




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2007/10/14
2008/11/12(改訂)