人は皆、失わなくては何が本当に大事なのかわからないのだ。
Eternal trinity 06



 騎士就任パーティーの後、スザクはユーフェミアの護衛の任務、それよって中断されていたランスロットの実験と学園に顔を出す時間も取れずめまぐるしく軍務をこなしていた。そんな生活が2週間ほど続いたある日、ユーフェミアはスザクに突然の休暇を言い渡した。
「今日の午後はお姉様と一緒に政務にあたりますから、護衛も必要ありません。半日しか時間を作ってあげられないのだけど、せっかくだから学校に行ってください」
「ユーフェミア様…?」
「もう、ユフィです! もうずっと学校に行ってないんですもの。前に言ってらしたでしょう、大切な幼馴染に会えた、って。」
「あ、はい。でも、」
「いいから! スザクは学生でもあるんだから、友達と会うことも大事なことです!」
 にっこりと笑って、いってらっしゃいと背中を押されれば、どうするわけにもいかず、スザクは苦笑する。
「では、いってまいります」
「はい」
 ユーフェミアの執務室を出て、人目につかない区域の方に出れば、自然と足取りが速くなる。なんだかんだと理由を付けても、結局自分はルルーシュに会えることが嬉しくて仕方ないのだと、スザクは自覚した。
 一歩一歩をもどかしく感じながら、スザクはアッシュフォード学園へと急いだ。


 スザクが学園に着くと、ちょうど授業の真っ最中であった。途中から入るのは気が引けて、ひとまず次の授業まで生徒会室で時間を潰そうと、生徒会室に向かった。誰もいないはずの生徒会室には先客の姿があった――ミレイだ。
「…会長?」
「スザク君…!」
 振り返ったミレイの顔色は悪く、少しやつれている。
「どうかしたんですか?」
「どうかしたじゃないわ、スザク君こそ今まで何やってたのよ!?」
「え、いや、軍務、です」
 いつもとは違うミレイの剣幕におされ、スザクは一歩たじろいだ。突然すぎて何がなんだかわからなかった。自分はただ、ルルーシュに会いたいだけなのに。

「ルルーシュが、   の」

 ミレイがぽつりと呟いた。声が小さすぎて聞き取れなかったのか、それともその言葉を心が拒絶したのかスザクの耳には届かなかったそのまま何も言えずにいるとミレイは瞳に薄っすらと涙を浮かべ、スザクをまっすぐにみつめる。
「スザク君、ルルーシュが死んだの。もう、どこにもいないのよ!」
 悪い冗談だと思いたかった。けれどミレイの人柄を知るスザクは、がこの手の冗談だけはつかないとわかっていた。だから、彼女が言うのは間違いなく事実なのだ。
「ど…して…?」
「10日前にあった租界でのテロ、知ってるでしょ?」
 10日前のテロ――スザクはその場に立ち会っていないので詳細までは知らないが、もちろんテロがあったことは知っていた。スザクの主であるユーフェミアもそのテロのことを聞いて悲しげに眉を寄せていたのが記憶に新しい。
「自爆テロに巻き込まれて行方不明になっていたのが、ルルーシュよ。爆風で飛ばされたらしく、現場から数百メートル離れたところにボロボロになった学生鞄がみつかったわ。中には、ルルーシュの学生手帳が入っていたの」
 しかし、肝心のルルーシュはみつからなかったらしい。なら、生存の可能性があるのではと微かな希望にすがるような思いで告げれば、ミレイは首を小さく横に振った。
「負傷者の数人から、犯人達が突然現場に現れたとき、そのすぐ近くにアッシュフォード学園の学生を見たって目撃証言があったの」
「見間違いじゃ…」
「ルルーシュの写真を見せて確認を取ったわ!」
 声を荒げたミレイは落ち着かせるように、大きく肩で息をした。
「私だって信じたくないのよ…っ」
 抑えきれない涙が一筋、ミレイの頬を伝った。




 それから、スザクはルルーシュの墓へと案内された。どうしてそこへ行くことになったのか、スザクはよく覚えていない。ただ、気が付いた時には真新しい墓石の前に佇む、見覚えのある車椅子の姿があった。
「ナナちゃん、1人でここに来たの?」
「あ、ミレイさん…ごめんなさい、私、まだ、混乱してて、どこに、いて…いいのか、わからなくて…」
「ナナちゃん…! 私がルルーシュの代わりに貴方を守るからっ」
 ミレイに笑い掛けようとするナナリーだが、その表情は笑みには程遠く、痛々しくて、思わずミレイはナナリーを抱きしめた。スザクはどうしていいかわからず、戸惑いながら一歩前に出た。すると足音に気が付いたのかナナリーがスザクの方に顔を向けた。
「スザクさん…?」
「そうだよ、ナナリー」
 身体に染み付いた習慣とは不思議なもので、どうしていいかわからず戸惑っていたはずのスザクはいつものようにナナリーの前に膝をつき、そっとその手を握った。

「どうしてですか」

 ナナリーがぽつり、と呟いた。
「スザクさんはどうして、ユフィ姉様の騎士なんですか。どうしてお姉様の騎士じゃないんですか。どうして、お姉様を守ってくれなかったんですか」
「ナナちゃん」
 咎めるようなミレイの声。しかし、ナナリーは言葉を止めない。
「だってスザクさんはお姉様を守ってくれるって、約束してくれたじゃないですか! スザクさんが守ってくれれば、お姉様は死ななかった! どうして、お姉様じゃなくて、ユフィ姉様なんですか…、お姉様は、お姉様は…っ、私を守るためにいつだって無理をしてて、自分を危険に晒して…私は、止めることも出来なくて……!」
 ナナリーの手が縋るようにスザクの服を掴んだ。指先は震えている。
「スザクさんのことをあんなにも望んでいたお姉様のこと、誰よりも知っていたのに、どうして…っ お姉様を、守…って…!」
 ――ぽつ、ぽつぽつ
 ナナリーの悲鳴のような声に誘われるように雨がぽつぽつと降り始めた。
「………ごめんなさい、スザクさん……忘れてください、私、どうかしてました…」
 雨が本降りになっていく中、何も言えず固まっているスザクに背を向け、ナナリーは学園の方に車椅子を操作した。ミレイは気遣わしげな視線をスザクに一度送り、ナナリーの後について、戻っていった。
 雨はどんどんと強くなり、ずぶ濡れになりながらもスザクはその場から離れられなかった。

「ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ルルーシュ」
 誰よりも知っていた。ルルーシュがナナリーの為ならどんな危険の中にも飛び込んでいってしまうことを。強がっていても、本当は誰かの――きっと、自分の手を待ち望んでいるのかを。
 気が付いていた。けど、逃げていた。そのツケが、この結末だった。
「ルルーシュ、僕は本当にバカだ…っ ルルーシュ!」
 墓石に刻まれた“ルルーシュ・ランペルージ”の文字が目に入る。ルルーシュは遺体すら残らなかった。空の棺、残されたのはこの墓石だけだ。

「愛してる って、…君に、伝えたかった…ッ!」

 墓石のルルーシュの文字にそっと唇を寄せれば、返ってくるのは硬く冷たい感触だけだった。次々と溢れる涙を止めることなど出来なかった。
 スザクはそのまま声を上げ、泣いた。子供のように、ただ泣き続けた。




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2007/10/13
2008/11/12(改訂)