どうして世界はあの子にこんなにも酷い仕打ちをするのでしょうか
Eternal trinity 05



「…会長、これで全部いいはずですよ」
「あら、仕事速いわね。さっすがルルちゃん!」
「会長が溜め込まなきゃ、もっと早く終わりましたよ」
「それは言わない約束! いやー、しかし、持つべきものは出来る手足よね! うんうん」
「誰が手足です、誰が」
 放課後の生徒会室に残っているのはミレイとルルーシュの2人だけだ。他のメンバーは部活にバイト、軍務に病欠と都合が付かなかったため、膨大な量の決算を2人で、終わらすはめになったのである。おかげでもう陽が沈み始めている。
 ルルーシュはミレイに聞かせるように大きく溜息をついた後、ふと表情を緩ませた。
「……まあ、会長に振り回されるのも、嫌いじゃないからたまにはいいですけど」
「ふふ、そうでしょうとも。素直ないい子にはミレイ特製のストロベリータルトを食べさせてあげる」
「じゃあ、紅茶でもいれましょうか」
「お願いね」
 5分もしないうちに生徒会室には甘い香りが漂う。ミレイのタルトも、ルルーシュの紅茶も相変わらず絶品で、2人はささやかな会話をしながら、遅い茶会を楽しんだ。

「そういえば、ルルちゃん」
 タルトを食べ終え、紅茶を飲んでいたルルーシュにミレイは問い掛けた。
「最近スザク君とどうなのよ?」
 ぴくり、とカップを持った手が動いた。
「どう、って…どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味よ。あんたがスザク君のこと好きなのは一目瞭然だし、それに最近また表情がやわらかくなったもの」
「会長の思い過ごしですよ、私とスザクはただの幼馴染です。……それに」
 ルルーシュが笑う。先程見せた花が綻ぶようなやわらかい笑みではなく、どこか触れれば壊れてしまいそうな凍った笑みで。
「スザクはユーフェミア皇女殿下の騎士、ですから」
 ルルーシュの過去を知るミレイはその凍った笑みの意味を唐突に理解した。そうだ、この子はもう好きな男に愛を告げることすら出来ないのだ。自身と愛する妹の不確かな現在を守るために。
 ミレイはテーブルを挟んだままルルーシュを思い切り抱きしめた。ティーカップが割れて、絨毯に紅茶が染み込んでいくが、そんなことはどうでもよかった。
「ルルーシュ、あんた、馬鹿よ…!」
「いきなり失礼ですね」
 普段と変わらぬ声色で話すルルーシュが酷く切なかった。叫べばいい、嘆けばいいのに。せめて自分の前だけでは。
「泣きなさいよ、ルルーシュ」
「急に言われても…」
「泣きなさってば…ッ!」
 ルルーシュにそう言いながら、ミレイは自分の目頭が熱くなっていくのを感じた。すぐに視界が歪んで、熱い雫が頬を伝った。
「私は会長が守ってくれるこの場所が、すごく好きで、すごく大切で、愛しく思う。今日までアッシュフォードが私たちを匿ってくれたから、今の私はここにいる」
「何言ってるの、ルルーシュが嫌がったって、私が貴方達の居場所を守るわ」
 ルルーシュは自身をぎゅっと抱きしめているミレイの背に腕を回した。母が赤子をあやすような優しい手つきで、震える背をそっと撫でる。
「ありがとう、ミレイ。これからも、どうかナナリーを頼む」
 老成した諦念すら浮かばせるその声音に、ミレイは溢れる涙を止められなかった。ルルーシュはそれを咎めることなく、ミレイが泣き止むまで、ずっとその背を撫でていた。




 朝、泣きすぎで腫れぼったくなった瞼に冷やしたタオルを押し当てていたミレイの耳に、聞くつもりもないのに朝のニュースが流れてくる。
『…昨夜未明反ブリタニアを掲げるテロリスト数人が、ここ東京租界にて自爆テロを決行。現在、行方不明者1名、負傷者十数名の被害が確認されております。また、実行犯は全員死亡したものと……』
「ここも物騒になってきたわねぇ」
 ぼすん、と大きな音を立てミレイはソファーに座り込んだ。久しぶりに大泣きすると身体がだるくなるって本当だわ、と心の内で呟いた。
 ミレイは昨日のことを思い返した。明らかな失態だった。しかもルルーシュに気まで使わせてしまった。
「そんなんでどうする、ミレイ・アッシュフォード!」
 勢いよくソファーから身を起こし、瞼に当てていたタオルをぎゅっと握り締める。
 ルルーシュ達を守ると誓った自分がこんな様では情けない。明るく、美人で、ちょっぴりはた迷惑な生徒会長様は今日も美麗の副会長を引っ張りまわすのだ。せめて、その間は何も考えず、笑えるように。
「ガーッツ!」
 ルルーシュにぼろくそに言われたガッツの呪文を自分自身に唱えて、充電完了したミレイは制服に着替えるため、クローゼットに足を向ける。
 ――ジリジリジリッ
 ミレイの行動を妨げるように、電話が鳴り始める。出鼻を挫かれたような思いでミレイは受話器をとった。
「はい、ミレイです……あ、おじい様、おはようござ…………え、」
 ぐらり、と世界が揺れた。いや、実際地震が起こったわけでもなんでもない、ただそのようにミレイが感じただけだった。
「……嘘、でしょう…?」
 受話器を持つ手も、声も、みっともなく震えていた。でも、止められなかった。



「ルルーシュが、死んだ、なんて」




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2007/10/12
2008/11/12(改訂)