Eternal trinity　22 　買い物をしてちょっと銀行に立ち寄り孤児院に帰る、それだけのはずだったのに、ホクトたちは過激派による立てこもり事件に巻き込まれてしまっていた。おびえる２人を宥めるように、スミレはそっと抱き寄せる。 「ホクト君、サエちゃん、大丈夫だからね…！」 　そう子供達に言い聞かすスミレの声も手も微かに震えていた。そんなスミレを守らなくてはと思うのに、10歳に満たない子供の力など高が知れていて、この現状を打破するような力はホクトにないことは明らかだった。ホクトは自分の力のなさを歯痒く思った。 「議会から返答はまだか？」 「まだだ。俺達が本気だと分からせなくてはいけないんじゃないか」 　男はそういって拳銃の銃口を人質達の方へ向ける。思わず身体が後退ろうと手を伸ばすが、後ろはもう壁だ。逃げ場などあるわけがなかった。 「まあ、そう急ぐな。これからだ」 「そうだな、これからブリタニアを元の在るべき姿に戻さねばならない。ゼロなどといった道化に惑わせられた今の世など見るに耐えん」 　その言葉にホクトは激しい怒りを感じた。今の世はゼロであったルルーシュが命を懸けて切り開いたものなのに、それを侮辱などされたくなかった。悔しさに自分の掌を白くなるまで強く握る。 　その時、人質の中から１人の男が急に立ち上がる。 「ふざけるな!!　ゼロは俺達に未来を作ってくれたんだッ！」 「黙れ、イレヴン風情が」 　――パンッ 　まさに一瞬の出来事だった。テログループに反論した男はそれ以上言葉を発することなく射殺された。金臭い血の臭いが鼻に届く。 （こんな簡単に人が殺される、そんなことあっていいわけない！） 　人質達は目の前で行われた凶行に怯え、一斉にざわめき出す。 「静かにしろ！」 　再び銃口が人質達に向けられた。 「やだ…いやぁぁぁ!!」 「サエちゃん…！」 　あまりの恐怖にまだ幼いサエが泣き出してしまう。スミレが必死に宥めようとするが恐怖に飲まれてしまったサエは泣き止まない。その鳴声に苛立ったのであろう男は舌打ちし、その銃口を人質全体ではなくサエへ向ける。 「やだ、やだ、やだあぁッ！」 「煩いイレヴンのガキが…！　次はおまえにしてやろうか！」 「やめてください！　子供になんてことをするんですか！」 「…生意気な」 　男とサエの間にスミレは割り込み、後ろにいる２人を守るように手を広げた。キッと男達を睨み付ける。男はそんなスミレを舐めるように見回した後、ニヤ…といやらしく嗤った。 「アンタ、テレビ映えしそうじゃないか」 　そう言ってスミレの髪を掴み上げ、無理矢理立たせた。苦しげに表情を浮かべるスミレの細い頤にごつりと銃口が当てられる。 「ブリタニアの繁栄の為、テレビの前で派手に死んでもらおうか」 「…っ！」 　助けなくては、ホクトはそう強く思っていたが、身体が動けずにいた。初めて見た死の恐怖がホクトを金縛る。 （怖い、怖い、…けど、いなくなるほうがもっと怖い！　あの人と、母さんともう一度離れるなんて絶対に嫌だ!!） 　初めてスミレの後姿を見たときから、この人が母親だとホクトはそう感じていた。スザクにいくら目の前で死んだと言われても、スミレがルルーシュなのだと確信していた。理屈じゃなく、身体が、心が、そうなんだと強く訴える。 　自分の感じたものが間違えでないか確かめるために、スザクに何も言わず家を飛び出した。迎え入れてくれた彼女の手がホクトの頭を撫でたとき、泣きたいくらい安堵した。スザクがホクトを抱きしめてくれた時に感じたあの温かさと寸分違わぬそれは、ホクトの感じたことが嘘でないと背中を押してくれているようだった。 　だからホクトは毎日のようにスミレの元に顔を出した。自分と言う存在が記憶を取り戻す鍵になるかもしれないという、僅かな希望にかけて。 （ここで怖がってどうするんだ、枢木ホクト！　父さんと母さんの子供だろう！　いつか絶対に３人で暮らすって決めたんだ！） 　ホクトは自分を叱咤し、スミレに銃を向けている男をまっすぐに睨んだ。 「……その手を放せぇッ!!」 　叫ぶと同時にホクトは疾走し、男に飛び掛った。スミレの髪を掴んでいる方の腕に思い切り歯を立てる。 「ッ、…この、糞ガキが!!」 　すぐさま殴られ、ホクトの小さな身体は床に叩きつけられた。あまりの衝撃に息が詰まり、目が霞んだ。動けずにいると銃口がホクトに向けられる。男の顔は怒りに歪んでいて、ホクトは撃たれることを覚悟した。 「――ホクト…!!」 　ホクトが誰かに抱きしめられたと思ったのとほぼ同時に銃声が鳴った。痛みに備えるようにホクトはぎゅっと目を瞑ったが、痛みはこなかった。代わりに先程よりももっと濃く匂う血の臭いが鼻につき、ホクトはそっと瞳を開ける。 「え、ああ、ああぁ、あ、かぁ、さ…！」 　肩から血を流すスミレにホクトは抱きしめられていた。彼女から流れた血が滴り落ちてホクトを濡らしていく。 （流れてしまう、母さんの命が流れて消えてしまう…！） 　急所は外しているようだが、この出血ではあっという間に手遅れになる。早く病院に連れて行かなくてはならないのに、それは出来ない。男の銃口はまだこちらを向いている。 （助けて、母さんを助けて！　お願いだから助けてよ！） 　男は怯えきったホクトと目が合うと暗く嗤った。ホクトは助けてくれる存在を求めて強く願った。 「…父さん―――ッ！」 「ご、が…っ！」 　ホクトの悲痛な声に答えるように男の体は急に横殴りされたように吹き飛び、フロア中央にあった柱に叩きつけられた。そして男の立っていた筈の場所にいるのは見覚えのある後姿。スザクだ。 　スザクはそのままつかつかと男の元へ向かい、その胸倉を掴み上げる。 「これ以上、僕の大切な者を傷つけることは許さない」 　普段の姿からは考えられぬ程に冷たい瞳と声色でスザクはそう言い放つと、男の頬を全力で殴りつける。男はあまりの衝撃に意識を失った。 「ホクト！」 　スザクは男にはもう用はないと言わんばかりに背を向け、ホクトの元へ駆け寄った。 「父さん！　お願い、助けて！　母さんを助けて!!」 　ホクトはその小さな掌を真っ赤に染めながら、彼女の傷口に手を当て、必死に止血しようとしていた。血と涙でぐしゃぐしゃになったホクトをスザクはそっと抱き寄せる。 「よく頑張ったね。大丈夫、絶対に助けるから」 「…っ、うん！」 　スザクの力強い言葉にホクトは頷いて、ぐっと涙を拭った。 （母さん、死なないで。お願い、生きて―――） next 2007/11/06 2008/11/15(改訂)