重なり合う符号が何を意味するのか、その答えを知るものはいない。
Eternal trinity 20



 例え眠っていたとしても、この小さな家の中で物音や殺気がすればスザクは必ず目を覚ます。そのことから考えれば、ホクトは自分の意思で家を出て行ったのだと考えられる。
「ホクトが行くところ…神楽耶達のところへ行くのに何も言わず行くわけがないし…」
 ふとその時、スザクの脳裏に昨日であったルルーシュによく似た人――スミレのことを思い出した。もしかしたらホクトは彼女に会いに行ったのかもしれない。何の根拠もない、けれど何故だかそうだとスザクは確信していた。
 しかし、ホクトはどうやって彼女と会うつもりなのだろうか。昨日はたまたま彼女が通りかかったから会えたわけで、今日も会えるという保証はない。
『私はスミレと言います。そこの孤児院で…』
 スザクは彼女の言葉を思い出した。詳しいことはあまりの動揺に覚えていないが、あの公園近くの孤児院というヒントがあれば充分に探すことが可能だった。スザクは迷うことなく、家を飛び出した。



 公園近くの孤児院は予想したとおり簡単に見付けることが出来た。スザクがその孤児院に辿り付いた時、孤児院の前で初老の老人が玄関前の植木の手入れをしていた。
「あの、すみません」
 スザクが声を掛けると、老人はゆっくりと振り返り、目を細める。
「ん、ああ、さっきの男の子のお父さんかの? あの子、名前は確か…」
「ホクト、でしょうか?」
「そうそう、ホクト君だ。スミレに会いに来ておるよ」
「…よかった」
 その言葉にスザクはほっと胸を撫で下ろした。
「スミレが母親によく似ておるそうで…そのことで少しお話したいんだが、お時間いいですかな?」
「あ、はい」
 案内され通されたのは窓際にソファーが置かれた一角だった、おそらく応接間の代わりや談話室として用いられているのだろう。窓の外からは子供たちが庭で遊んでいる姿が見られた。
「申し遅れました、わたしは佐崎と言います。ここの院長をしております」
「自分は枢木スザクです」
「話というのは、スミレはもしかしたら本当にホクト君のお母さんかもしれんのです」
「どういうことですか…?」
「スミレは、彼女は記憶喪失なのです」
「え、」
 佐崎は思い返すように、窓のほうに視線を向ける。
「あれは…ゼロが処刑されて1週間ほどの頃でしょうか。裏路地に倒れていたのです」
 彼女は自分に関する記憶が一切無くなっていて、名前すらわからない状態だったと言う。捜索願が出されていないか調べてみたが、そのような情報もなく、行く当てがない彼女をここで生活させているのだと。
「生活に不便ですから、瞳の色からわたしがスミレと名付けました。おかしいと思いませんでしたか? 生粋のブリタニア人がそんな名前だなんて」
「確かに、そう、ですね」
 あの時はそんなことよりも混乱が勝っていて、佐崎に指摘されるまでまったくそのことに気が付かなかったが、確かにその通りであった。
 しかし、ルルーシュは確かにあの時に死んでしまったのだ。光になって消え、生き返るそんな夢みたいな話があるのだろうか。
「あの…、少し彼女と話をさせて貰ってもいいでしょうか?」
「構いませんよ。」
 佐崎に礼を言って、スザクはその場を離れる。この孤児院の何処かに彼女はいるはずだが、どこから探したらいいのだろうか、そう思いながら廊下に出るとすぐにその姿はみつかった。日本家屋で言うところの縁側のようなところで彼女は腰掛けていた。
「…、スミレ、さん」
「あ、スザクさん、ホクト君来てますよ」
 そう言って振り返る彼女の膝の上に頭を乗せて眠っているホクトの姿が見える。胎児のように身体を丸めて眠る姿に苦笑が零れる。
「すみません」
「大丈夫ですよ。ホクト君あんまり眠れなかったみたいなんです」
 それも仕方がない話だろう。スザクだって悶々と考えを廻らせて朝方まで眠れずにいたのだから。人の心の機微に敏感なホクトは子供らしからぬほどに物分りがよい子だけれど、衝動をすべて押し殺してしまえるわけではないのだ。ホクトにとってそれほどまでに譲れないのが、母親、なのだろう。
「寂しいんでしょう、まだ小さいのにお母さんを亡くして…」
 彼女の手が眠っているホクトの頭をそっと撫でる。その様子がディスクに映っていたルルーシュの様子と重なった。一体これは本当にどういうことなんだろうか、死んだルルーシュ、消えた遺体、ルルーシュに重なる記憶を失った彼女、何度考えても答えは出ない。
「こんないい子を遺していくのは、辛いんでしょうね」
 その時、肩口のゆったりとした服を着る彼女の肌に女性には不釣合いな傷跡があるのにスザクは気が付いた。右肩にあるその傷跡は、銃創だった。
「その傷…」
「あ、すいません、見て気持ちのいいものではありませんよね」
「いや、その、どこで…」
「私昔の記憶がないんです。気が付いたときにはこの傷ともう1つ傷がありました」
 彼女はそう言いながら肩の銃創と胸元をそっと撫でる。もしかして、そのもう1つの傷とはそこに残っているのだろうか。その時、スザクの脳裏にゼロの処刑される瞬間が浮かんだ。何も考えないままスザクは手を伸ばす。
「ちょっといいですか」
「え、ちょ…! あの!」
 服を引き彼女が手を翳した胸元を覗き込むと、中央よりほんの少しだけ左に寄った場所に傷跡があった。やはり、銃創だ。この場所は心臓の真上、コーネリアが処刑の際に撃った箇所と同じだ。
「あの、スザクさん…ッ!!」
「はい」
「手、あの、手!」
 その言葉にスザクがはっとしてみれば、今のスザクはちょうど服を引っ張り胸を覗き込んでいる状態だ。銃創に気をとられていたが、よくよく見てみれば彼女の柔らかなふくらみとそれを覆う下着が丸見えだった。
「うわ、あああ! ご、ご、ご、ごめんなさい!!」
 スザクは慌てて手を放し、見事に動揺しながらひたすらに謝った。
 そのスザクの声に今まで眠っていたホクトが目を覚ます。ホクトが眠い目を擦りながら辺りを見渡すと、スミレと寝ている間に来たのだろうスザクがいる。何故か2人とも顔が赤かった。
「どうしたの…?」
 まさか胸を覗き込んでしまいましたと言うわけにもいかず、大人達の不可解な沈黙の中で、ホクトは首を傾げるばかりだった。




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2007/11/04
2008/11/14(改訂)