どう足掻こうと、運命の歯車は再び回り始めていた。
Eternal trinity 19



「…ルルー、シュ」
 スザクは呆然と呟いた。目の前にいるのは死んでしまったはずの誰よりも愛した人。
「え…」
 呟かれた名に彼女は不思議そうにその紫電の瞳を見開き、困ったような表情を浮かべ、首を傾げた。
「えっと、人違いじゃありませんか?」
 他人の空似とでもいうのだろうか。こんなにも身体が、心が、彼女がルルーシュだと叫んでいるのに。
「私はスミレと言います」
 そう言って見せた微笑すら、こんなにも同じなのに。


 その後どうやって彼女と別れたのか、よく覚えていない。ただ、身体が動くのに従って、心を殺して帰路についた。不安そうにスザクの手を握るホクトの手を引きながら。
「…父さん」
 玄関に入るとスザクはそれまで休むことなく動いていた足を止める。そんなスザクを窺うようにホクトが呼びかけた。
「あの人は、ホントに母さんじゃないのかな…?」
「…ホクト」
 ルルーシュとしか思えないのに、彼女はルルーシュではないと言う。嘘をついている可能性もあるが、彼女の瞳にそんな様子は見られなかった。それに何より、スザクは目の前で見ていたのだ。ルルーシュがゼロとして死んだところを。
 ゼロの処刑はシュナイゼルがその死を確認した。そして遺体は黒の騎士団が引き取った。
(…、まさか)
 本当は死んでいなかったとしたら、黒の騎士団の手によって秘密裏に生かされていたのなら――そこまで思った後、スザクはその考えを一蹴した。本当にそうなら、ルルーシュとホクトは一緒にいるはずだ。
「確かにあの人はルルーシュによく似ていた。けどね、僕はルルーシュが死ぬところを見ていた。あの人がルルーシュのはずないんだ」
 ホクトに、というよりは自分自身に言い聞かせるようにスザクはそう呟けば、その言葉にホクトは表情を暗くした。
「そうだ、ルルーシュに挨拶に行こう」
「え?」
 きょとんとした表情を浮かべたホクトに、スザクはにっこりと笑いかける。
「お墓参りに行こう」
 区切りをつけなくてはいけないんだと思った。ルルーシュがもう死んでしまっていることをちゃんと受け入れなければ、スザクもホクトも何度でもこうして傷つき、悩むだろう。
「さあ、そうと決まったら明日の朝は早いからね」
「え、あ、うん」
 スザクはホクトの前髪を書き上げ、そこに唇を落とす。
「おやすみ、ホクト」
「おやすみなさい、父さん」
 ホクトはスザクの頬にキスを返し、自室に繋がる階段を上って行く。その様子を見届けてから、スザクはリビングへ向かい、神楽耶へとホットラインを繋いだ。
『夜も遅くにどうかしましたか?』
「神楽耶、突然ごめん。ちょっと聞きたいことがあって」
 スザクの知っているルルーシュの墓は、10年前にルルーシュが死を偽装した際にアッシュフォード家が作った空っぽの墓だった。区切りをつけるのにそれでは意味がない。
「ルルーシュの墓参りがしたいんだ。区切りをつける意味でも、僕とホクトには必要だと思う。教えてくれないか?」
『…っ、』
 その言葉に神楽耶は視線を落とし、苦しげに眉を顰めた。
「神楽耶?」
『貴方達にはすべてお話しておかなければなりませんね…。わたくし達は9年前ルルーシュさまの希望によりご遺体を引き取りました。御身を清めて、死に化粧を施し、その身を棺に納めました。けれど、わたくしも皆もルルーシュさまを失ったことが苦しくてしょうがなかった…ルルーシュさまを思うならあの方に言われたように早く火葬してしまわなくてならないのに、なかなか踏み切れずにいました』
 そのときのことを神楽耶は鮮明に思い出せる。死に化粧を施された穏やかな表情のルルーシュはまるで眠っているようで、待っていれば目を覚ましてくれんではないか、そんな甘い期待が止まらなかった。
『ルルーシュさまが死んで5日後の夜のことです、………ルルーシュさまは消えてしまったのです』
「は…?」
 想像もつかなかった神楽耶の言葉にスザクは思わずそう返した。
『わたくしとカレン、藤堂、ラクシャータがその場におりました。わたくし達の目の前でルルーシュさまは光の粒子となり、消えてしまったのです』
 神楽耶が言うにはルルーシュの身体が淡く光を帯び始め、その光はどんどん強くなっていった。そして、カッと目を焼く程に光った後、ルルーシュの遺体は消え、光の粒子が天に昇っていったのだと。
「そんな、あるわけ…」
『事実です。だからわたくし達はルルーシュさまの墓を作りませんでした。空の墓よりもわたくし達それぞれにあの方が残してくれた想いを胸に掲げようとそう決めたから』
 現実味を帯びないその話をスザクは嘘だと思いたかったが、神楽耶の瞳はそれは嘘ではないとまっすぐに訴える。
「いったい、どういうことなんだ…」
 気持ちを整理するためにルルーシュの墓参りを決意したのに、新たにルルーシュの遺体消失を聞かされ、スザクの混乱は収まりそうもない。
『役に立てなくてごめんなさい』
「いや、ありがとう」
 ホットラインを切った後もスザクはぼんやりとリビングに座り込んでいた。どうするべきなのだろうか、わからなかった。
「…ホクトに、なんて言おう」
 答えは見つからないまま、夜は更けていった。



 ふとスザクが気が付くと朝になっていた。どうやらそのまま眠ってしまったらしい。時計の針は8時過ぎを指し示している。軍で生活していたスザクにとってこの時間になるまで目を覚まさなかったのは随分と久しぶりだった。
「…あれ?」
 ホクトの姿が見えない。2人で生活するようになって始めて知ったことだが、ホクトは寝起きがよくきっちり7時には目を覚まし、リビングに顔を出すのだ。
 様子を見るためにスザクは、階段を上がり、ホクトの部屋に向かう。
「ホクト、起きてる?」
 ドアをノックするが返事はない。
「開けるよー?」
 ベッド、机、クローゼット、本におもちゃ、部屋の様子はいつもと変わりないのに、そこにホクトの姿だけがなかった。じわり、と額に嫌な汗が滲む。
「ホクト――!」




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2007/11/02
2008/11/14(改訂)