嗚呼、神様はなんて酷く気まぐれな性格の持ち主なのだろう
Eternal trinity 18



 神楽耶から渡されたディスクにはいろいろな場面が繋ぎ合わせられた映像が30分ほどと、まだ生まれたばかりのホクトを抱いているルルーシュの静止画像が数枚入っていた。スザクやホクトが知らないルルーシュの姿に2人はただただそれを見つめ続けた。
 気が付いたときには日が落ち、部屋の中は真っ暗になっていた。テレビのモニターだけがぼんやりと光っている。
『ホクト』
 モニターの中でルルーシュが愛しそうにホクトの名を呼んだ。紅葉のような小さい掌がぎゅっとルルーシュの指先を握れば、ルルーシュは幸せそうに微笑んだ。
「、…父さん」
 視線はモニターに向けたままホクトは呼びかけた。
「どうしたの?」
「父さんの言ったこと、ようやくわかったよ」
 ホクトの手がモニターに伸び、ルルーシュに触れる。
「俺、いらない子じゃなかった」
 父と母に捨てられたのではないかとずっと不安だった。神楽耶達に、スザクに違うといわれても信じきれなかった。でも、今ようやくわかった。
「ちゃんと愛されてた」
 そう呟くホクトが酷く切なくて、スザクはその小さな身体を抱き締める。
「だから、言ったろ? ホクトを愛してるから産んだんだよ、って」
「うん…、うんっ!」
 初めて見た母は優しく微笑んで、自分の名を呼んでいた。その細い指先がそっと宝物を腕に抱くように抱き締めていた。誰が見てもわかるだろう、その姿に愛が溢れていることに。
「…よかっ、た……、よかったよぉ」
 スザクの胸板に顔を押し付けるようにホクトは抱きついた。しがみ付くその手も声も震えていて、ホクトが泣いているのだとすぐに気が付いた。
「……カレンに、泣かさないって言ったばっかなんだけどな」
 苦笑しながら、スザクはホクトをあやす様にその背を優しくぽんぽんと叩く。
「仕方ないか…ホクトが泣き虫なのは、僕に似てるから」
 それにこれは哀しい涙じゃないから。



 カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しくて、ホクトは朝日から逃げるようにごろんと横を向いた。
「んー…あ、れ…?」
 昨日は確かダイニングでディスクを見ていたはずだ。そのあと部屋に戻った記憶はないはずなのだが、ホクトはきっちりパジャマにまで着替えていた。
 ホクトはまだ眠いと訴える身体をゆっくりと起こす。裸足のまま廊下に出て、ひたひたと足音を立てながらダイニングへ向かう。ダイニングのドアを開き、顔を覗かせる。
「おはよう、ホクト」
「おはよう」
「よく寝れた?」
「うん…」
 ホクトはまだ完璧に開かない瞼を擦ろうと、顔に手を伸ばす。
「あ、擦っちゃダメ。今タオル持ってきてあげるから、我慢して」
「…はーい」
 スザクはキッチンに向かって手際よく蒸しタオルを用意して、それをホクトに渡した。あったかいタオルで顔を拭けば、ようやく目が覚めてくる。
「ねえ、ホクト。いい天気だから出掛けようか?」
「え?」
「いや?」
「そ、そんなことないよ!」
 ホクトが慌ててそう返せば、スザクはにっこりと嬉しそうに笑う。
「じゃあ、支度しておいで」
「うん!」


 2人が行ったのは大型のデパートだ。ホクトの服を見繕ったり、本屋を覗いたりした後に、おいしいと評判のパン屋でランチを食べた。本屋ではスザクが見れば頭が痛くなりそうなおおよそ10歳の子供が読むようなものではない本をホクトが興味深そうにみていた。結局、万有引力の法則なる本を購入したのだった。
 スザクの個人的な考えに基づくなら引力の法則など知らなくても生きていけるものをどうしてわざわざ学ぶ必要があるのだろうと思うのだが、ホクトは違うようだ。
「さすがルルーシュの子だよね」
 デパートの隣にある公園を歩きながら、スザクはそう呟いた。
「なにが?」
「そういう本が好きなところ、とかね」
「おもしろいよ? 父さんは読まないの?」
「…僕はパス」
「ふーん。…あ、」
 歩いていたホクトが急に立ち止まった。その視線の先を追えばクレープの屋台があった。そういえば、もう3時だ。小腹が空いても仕方がない時間だろう。
「買いに行こうか?」
「え! いいよ…!」
「子供が遠慮しないの」  そう言って手を引きクレープ屋の前に連れて行く。メニューにはたくさんの種類のクレープの名前が書かれている。
「いらっしゃいませ」
「どれにするか決まった?」
「え、えーっと…、これ」
 ホクトが指差したのは苺のたっぷり入ったクレープだった。食べ物の好みもどうやらルルーシュに似ているらしい。スザクはわかったと返して、店員に注文を告げると、店員は慣れた手つきで注文したクレープを作っていく。
 代金を支払い、ホクトのクレープとスザクのコーヒーを受け取って振り返れば、先程までキラキラと目を輝かせてクレープを見ていたホクトの姿がない。
「あれ、ホクト?」
「息子さんならあちらに走って行かれましたよ?」
「あ、ありがとうございます!」
 店員の指差した方向に慌てて走っていけば、ホクトの後姿がすぐに見えた。よかったと安堵した次の瞬間、ホクトは側にいた女性に走っていた勢いのまま抱きついた。女性は当然バランスを崩しそうになり、持っていた紙袋を落としてしまう。中から食材が転がる。
「息子が突然すいません! ホクト…!」
「だ、だって…ッ」
「だってじゃないだろう、怪我させたら大変どうする…」
「私は大丈夫ですから」
 心地よいアルトの声がスザクの言葉を遮り、女性はゆっくりと振り返る。
 腰まで伸びた艶やかな黒い髪、透き通るように白い肌、整った顔、そして紫電の瞳。スザクが最後に会った時より幼さが抜けてはいたが、見間違えるはずがなかった。

「…ルルー、シュ」




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2007/10/30
2008/11/14(改訂)