もうその手を決して放したりしないから、だから――…
Eternal trinity 15



「皇総代、あのホクトという子供について聞かせてくれ」
 あの後、神楽耶の連絡によって駆けつけた藤堂と一緒にホクトは別室に移動し、この場にいるのはスザクと神楽耶、コーネリア、ユーフェミアの4人だけだ。
「あの子供は…ルルーシュと関係あるのか?」
 コーネリアの問いに俯いていた神楽耶は覚悟を決めたように顔を上げる。
「はい。あの子は…ホクトはルルーシュさまの御子です」
「そ、んな…ルルーシュは、テロで…」
 呆然と呟いたスザクの言葉にコーネリアは眉を顰めた。
「テロ? ルルーシュは開戦の折に戦闘に巻き込まれたのでは?」
「順を追い、わたくしが説明します」
 情報が錯綜し始める前に神楽耶は会話をいったん途切れさせ、スザク達を着席させる。誰もが何か言いたげな表情を浮かべていたが、皆じっと神楽耶の言葉を待つ。
「まず、17年前の戦争でルルーシュさまは亡くなってはおりません。死亡したと偽造し、名前を変えとある場所にて匿われておりました。皇室には戻りたくない、それがルルーシュさまのご意志でした」
「ルルーシュは生きていたのですね…」
 神楽耶の言葉にユーフェミアはぽつりとそう呟いた。
「そうです。しかし、ルルーシュさまは10年前にトウキョウ租界で起こった自決テロに巻き込まれ命を落とした――」
 その言葉にスザクは10年前のあの日のことを思い起こされる。打ちつける雨、物言わぬ冷たい墓石、悲しみと後悔に濡れたあの日のことを。思い知らされる、ルルーシュは死んでしまったのだ、と。
「それもまた、嘘、だったのです」
「う、そ…?」
「そう、ルルーシュさまは亡くなってなどいなかったのです。スザク、貴方は知っているでしょう、あの棺が空だということを」
 確かに神楽耶の言うように遺体はみつからず、棺は空だと聞いた。
「なら、ルルーシュは、生きて…!」
「そうならば、ホクトがここへ来ることはありませんでした」
 スザクの淡い期待を打ち砕くように神楽耶は淡々とそう返した。ホクトは何故ここに来たのか、それは明白だった。母親の――ルルーシュの仇として、コーネリアを討つためだ。
「ルルーシュさまは自らの意志で死を選びました。あの方が望んだ優しい世界の為に」

 ――世界が、優しくあるように…

 スザクの脳裏にあの時の、ゼロの処刑の時に聞こえた声を思い出した。あの祈りのような声を。
 あの時と同じような嫌な胸騒ぎがした。もしかして――…
「ゼロが、ゼロがルルーシュなのですか?」
 スザクの予感を引き継ぐように、ユーフェミアがそう問う。神楽耶は否定も肯定もしなかった。しかし、その沈黙こそ、それが事実だと何よりも雄弁に語っていた。
「なんて、話だ…」
 コーネリアはテーブルに両肘をつき項垂れた。半分しか血は繋がっていないが、コーネリアはルルーシュを可愛がっていた。尊敬するアリマンヌが殺され、彼女達が日本に送られることになった時、どれだけ自分の力のなさに憤りを覚えたことか。彼女達が死んだと知らされた時、どれだけ悲しんだか。それなのに、目の前にいるとも気付かずに、処刑を実行した。
「これではあの子供に恨まれても、仕方ないな」
「お姉様…わたくしも同罪ですわ。1年も政治を教えて貰っていたのに、気が付きませんでした」
 悄然とした雰囲気が部屋を占めていた。思いもよらぬ真実にスザクは混乱の極みにあり、たくさんの疑問が頭を繰り返し過ぎる。
「ルルーシュは、どうして死んだなんて嘘を…」
 スザクが呆然と呟いた台詞に、今まで静かに真実を話していた神楽耶が荒々しく席を立ちスザクの胸倉を掴んで引き寄せた。
「貴方のせいでしょう! この大馬鹿!」
「え、僕…?」
「まだわからないの!? ルルーシュさまは貴方のために身を引いたのよ!」
 スザクのことをルルーシュはあまり多く語ろうとはしなかった。だから、神楽耶が知っていることは話の端々から得たことを繋ぎ合わせた程度のものだ。けれど、ルルーシュはいつだってスザクのことを悪く言わなかった。他の誰かがスザクを悪く言えば、必ず庇った。スザクが悪いのではない、いつもそう言って哀しそうに微笑んでいた。
 ルルーシュはスザクが知ることを望みはしないだろう。けれど、このままスザクが何も知らずにいるのを神楽耶は我慢ならないと思った。ルルーシュの想いを少しでも知ればいいと思った。
「ルルーシュさまは貴方が騎士になったから、父親である貴方に何も言わず身を引いたのよ! 最愛の妹君にまで嘘をついてッ!」
「僕が…父親?」
 すぐには信じられなかった。死にたがりだった過去、後悔の中で生きる現在、どちらの生も未来など望んでいなかった。そんな自分が未来を繋ぐように子供を成せるなんて思えなかった。けれど、ルルーシュと再会を果たした10年前ルルーシュがスザクを受け入れてくれたことは事実で、ルルーシュがスザク以外にその身体を預けていたことなんてなかった。
 その時、先程のホクトの顔が脳裏に浮かび上がった。幼き頃のルルーシュによく似た容貌の中で1つだけ違う瞳の色。自分と、同じ、常盤。ルルーシュが気に入ったと笑った常盤の瞳。
「あの子は、僕とルルーシュの…子供」
 ――ガタッ
 ドアの方から物音がして、スザクがそちらに視線を向ければそこには、ドアの隙間から驚きに揺れる常盤の瞳。ホクトだ。
 どうしてここに、そうスザクが思った瞬間、ホクトはぱっと身を翻して駆け出した。スザクは反射のように部屋を飛び出した。気を抜けばすぐにでも見落としてしまいそうなその小さな影をスザクは追う。
 昔のルルーシュだったらこんなに速く走れなかっただろう、きっとどこかで足を掛け転んでしまっていた。こんなふうに走る姿は幼い頃の自分によく似ていた。こんな時だというのに、そんなことを思った。
 自分の愚かさが疎ましかった。いつだって気付かずに後で嘆くだけ、いつだって大切な者を失ってから後悔した。そんな思いはもうしたくなかった。だから――


「待って!」
 ホクトが駆け込んだ先にスザクも飛び込んだ。ホクトは屋上のフェンスの側に立っていた。フェンスに壁を預け、スザクに警戒を顕にした視線を送っている。
「ここは老朽化が激しいから、離れて」
「来るな!!」
 ホクトの拒絶の声にスザクは歩みを止めた。
「アンタ、俺の父さんなの…?」
「…うん、そうだね」
「じゃあ、なんで母さん助けてくれなかったんだよ!!」
 その言葉が痛かった。けれど、この叫びを、痛みをスザクは受け入れなくてはならなかった。
「それは…僕が、」
「言い訳なんて聞きたくない! 俺はずっと、ずっと…―――ッ!?」
 ホクトがフェンスに込めていた力を少しだけ増したその時、足元から何かが折れるような音がして、身体が宙に投げ出された。老朽化したフェンスが負荷に耐え切れず折れてしまったのだ。ここは12階建ての最上階だ。落ちれば間違えなく、死ぬ。
「ホクト…ッ!!」




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2007/10/22
2008/11/14(改訂)