Eternal trinity 16 いつかきっと、父さんと母さんが迎えに来てくれるって思ってた。約束があるわけでもない、でもそう信じてた。ずっと、ずっと、待ってたんだ。 落ちる、そう感じたホクトはぎゅっと目を瞑った。落ちたらどのくらい痛いんだろか、そんなことを思った瞬間、腕を痛いほどの力で引かれる。思わず目を開ければそこには、屋上から身を乗り出して、ホクトの腕を掴むスザクの姿があった。 「…間に、合った」 自分と同じ常盤の瞳が安堵の色を湛えて微笑んだ。その笑みに思わず安堵を覚えた自分が嫌で、ホクトは視線を逸らした。 「はな、せ、よっ!」 そう言いながら身体を捩れば、片腕で支えられているだけのホクトの身体はぐらぐらと揺れる。 「動くな、死ぬぞ!」 予想だにしなかった剣幕でスザクにそう怒鳴られて、ホクトは泣きたくなった。けれど、必死で涙を堪えて、ホクトはスザクを睨み付けた。 「死んだっていい!!」 そう一度叫んでしまえば、今まで抑えてきた不安が零れ始めて、止めることなど出来なかった。 「俺のことなんか、いらないんだろ!?」 「どうして…!」 「母さんは自分で死ぬのを選んだんだろ!? 俺を置いてくって、自分で選んだんだ…俺がいらないからッ」 ずっと、信じていた。けど、ずっと不安だった。誰もホクトを望んでいないから、1人置いていかれたのではないかと。ルルーシュが自ら死を選んだという話を聞いてしまった時から、その思いが消えない。どうして、自分を置いていってしまったのだと。 いらないのなら、生まないで欲しかった。そうすればこんな苦しい思いなど知らずにすんだのに。 「だったら、生きてたくなんかない!!」 「ルルーシュはそんなこと思っていない!」 咄嗟にスザクはそう返した。ルルーシュは子供にとって親がどんなに影響を与えるものなのかよく知っていた、親になるその重さを知っていた。そんなルルーシュが要らない子供を生むはずなんてないのだ。 「嘘だ…!」 「嘘じゃない!」 「…アンタだって、俺を迎えに来てくれなかったじゃないか!」 ――さびしい、そんな幼い子供の悲痛な叫びが一緒に聞こえたような気がした。スザクは一歩間違えれば一緒に転落してしまうのにも構わずに、ホクトの身体を力ずくで引き上げ、抱き寄せた。 「っ、な、」 「ごめんね」 ぽたぽたとホクトの頬に温かい雫が滴った。 「僕は、酷い父親だ」 見上げれば常盤の瞳が静かに泣いている。 「父親なのに、君のこと知りもしなかった。でも、でもね、聞いて。ルルーシュは、君のお母さんは君を愛してたから、君を産んだんだよ。産んだ子供をいらないなんて思う人じゃないんだ」 「わかんないよ…」 スザクがこう言うように神楽耶や他の誰に聞いてもそうではないと言うだろう。けれど、ホクトにはそうだと素直に思えない。 「…だって、俺、母さんのこと何も知らないし、何も覚えてない」 ホクトはルルーシュを知らない。物心ついた時にはすでにルルーシュは死んでしまっていたのだから。 「どんな、声なのか、どんな…ふう、に 笑うっ、のか…! どん、なッ」 どんな声でホクトを呼び、笑いかけてくれたのだろう、どんなふうに愛してくれたのだろう。もう、知りようもないことだけど、もしもそれを少しでも覚えていられたら、愛されていたんだ、望まれていたんだと信じることが出来たのに。どうしようもなく、涙が溢れた。 小さな肩を震わせて泣くその姿が切なくて、スザクはホクトをそっと抱きしめた。 「ごめん、ごめんね、僕は、ルルーシュを…お母さんを助けられなかった」 哀しかった、寂しかった、苦しかった、切なかった、悔しかった――痛みを分かつように、喪失を宥めるように、そのまま気が済むまで泣き続けた。1人でなく、2人で。 「…あの、ね」 しばらくしてスザクが躊躇いながらホクトに話し始めた。 「僕、初めは混乱して、自分に子供がいるなんて……不思議な気持ちだった」 いらないと言われるのではと無意識のうちに身体を硬直させるホクトの背をスザクはそっと撫でた。ごつごつとして筋張った掌から伝わった熱は、優しく強張りを解いていく。 「君を追いかけながら実感した、君は僕の子供だって。そのとき、そのとき、さ」 ホクトの中にルルーシュと自分を見つけたその時、感情が湧き出した。 「嬉しかったんだ。すごく、嬉しかった」 泣き腫らした顔でスザクは本当に嬉しそうに微笑んだ。その笑みにどう言葉を返していいのかわからずに、ホクトは押し黙る。 「……、僕はルルーシュが死んだ日から惰性で今まで生きてきた。…ただ流されていただけで、未来なんて縁のない言葉だった」 「…っ!」 そう話すスザクの瞳の奥に荒んだ感情を見付けて、ホクトは縋るように服の裾を握り締めた。どこか遠いところに行かれてしまうような、また置いていかれてしまうようなそんな予感がして、繋ぎ止めるように握った手に力を込めた。 「でもね」 スザクはホクトの頬に手をそえて、顔を覗き込む。その瞳からは荒んだ色は消えていた。 「君と一緒なら、僕は生きていける。ルルーシュが僕たちに残してくれた、未来を生きていける。ねえ、僕は酷い父親だけど、僕と一緒に……君と一緒に生きていきたいんだ」 「お、れは…」 待っていた、ずっと。待っていた、迎えを。 不満もある、まだ信じられない気持ちも残っている。けれど、何よりも欲しかったのだ。差し伸べられる手を、手を掴むその時を。 何度問いかけたって、結局答えは1つだった。 「……さっきみたいに呼んで」 「え?」 「………。」 「え、ええっと…。…、ホクト?」 「仕方ないから、一緒にいてあげるよ。…、父さん」 next 2007/10/23 2008/11/14(改訂) |