この出逢いは必然だった。
Eternal trinity 14



 日本が独立してから10年近くの月日が流れた。各エリアは順々に独立し、現在は連盟加入国となっている。少々問題もあるが、概ねゼロのプラン通りに世界は動いている。
「久しいな、日本も」
「そうですわね、お姉様」
 ヘリから降り立ったコーネリアは太陽の眩しさに目を細め、そう呟く。後から降りたユーフェミアが昔と変わらぬその呟きに調子で相槌を打った。
 日本に来るのは久しぶりだった。連盟主席として各国を飛び回るユーフェミアと違い、コーネリアは9年前のゼロの処刑以降初めてこの地にやって来たのだ。
 あの日のことをまるで昨日のことに鮮やかに思い出せる。今も耳の奥に焼きついている、優しい世界を願う声。あれはきっとゼロの声なのだろう、あの声が忘れられなかった。
 コーネリアは今も木霊するその声を振り切るように、頭をゆるく横に振った。過去のことに囚われるために日本に来たわけではない、今の問題を解決するためにコーネリアはここへ来たのだ、それを忘れるな、そう自分を叱咤した。
 連盟国――その中でも特に日本ではある深刻な問題がある。それは過激派によるテロ活動だ。過激派とはゼロの死後も収まりをみせない元純潔派の一部のことで、ゼロが実際にその采配を振るった日本で多くのテロ活動を見せている。
「頭が痛い話だ…」
 過去各エリアにてテロリストを掃討した立場にあったコーネリアが、今度は自国の民をテロリストとして裁かなくてはならないのだ。今回コーネリアはブリタニア軍を総括する総統としてそのテロ対策のため、極秘に日本へと視察にやって来たのだった。
「ゼロの処刑によって大概の純血派は大人しくなりましたのに、10年近くしつこく頑張ってますものね、彼ら」
「人の心はそう簡単に変わらないということさ。…それより、ユフィ、口が悪くなってないか?」
「ふふ、気のせいですわ」
 ここ10年ですっかり逞しくなったユーフェミアの有無を言わさぬ笑みに、自他共にシスコンのコーネリアはそっと溜息を落とした。
「コーネリア総統! ユーフェミア主席!」
 声の方に視線を向ければ、コーネリア達の元に小走りで向かう影が一つ、スザクだ。日本は議会による政治を行っており、議会に参加する者を代表と言う。スザクは現在その代表として職務に励んでいる。
「お待たせして申しわけありません、こちらへどうぞ」
 この10年でスザクの顔からは幼さが抜け、青年らしい精悍さがある。しかし、その表情からは変わらず憂いの影があった。コーネリア自身はよくは知らないが、彼は大切な人を失ったらしい。失った後悔と悲しみから、騎士を辞したのだ。皇族の騎士という名誉ある立場を捨ててしまうほどに想っていた人、その人を失ったことで出来た心の空洞は今も埋まらぬままなのだろう。
「そう言えば皇総代はどうした?」
 先日この来日が決まった際には出迎えると話していた神楽耶が姿を見せないことにコーネリアは首を傾げた。日本議会を纏め上げる総代として活躍したこの10年で彼女自身が言ったことを守らないことはなく、今回のようなことは珍しいことだ。
「それが…連絡がつかないんです。遅れているだけだといいんですが」
「そうだな。仕方がない、過激派に関する資料を先に見せて貰って構わんか」
「はい」
 その時、強い視線を感じた。それは強い負の感情を孕んで、コーネリアを追っている。思わず、コーネリアは銃に手を掛け立ち止まる。その視線を感じたのはスザクを同様だったらしく油断なく構え、辺りを見渡している。
「…どうかしたんですか?」
 立ち止まった2人を不審に思ったユーフェミアがそう問い掛けた次の瞬間、物陰から小さな影がコーネリアに向かって飛び出した。
「コーネリア、覚悟!!」
 帽子を深く被った子供がナイフを両手に構え向かってきた。その動きは敏捷で、数人のSPの間を風のように駆け抜ける。SP達は子供を捉えることも出来ずに固まっていた。
 けれど、人間離れした運動能力を有するスザクには子供の動きはただ速いだけで、ルートも直情的で読みやすい為に簡単に読むことが出来た。スザクは子供の標的であるコーネリアの前に立ち塞がった。
 子供の腕に手刀を落としナイフを落とさせ、子供の足を掛け転ばる。そのまま片腕を後ろに引き取り押さえる。まだ10歳に届くか届かないか程の小さな子供に手荒な真似をするのは気が引けたが、だからと言ってスザクが止めなくては、コーネリアに射殺されても文句は言えない状況だ。
「くそ…っ!」
 取り押さえられた子供が逃れようともがく。
「私を単独で狙うとは、呆れた子供だ」
 コーネリアの声に反応するように、子供が顔を上げた。その表紙に帽子は落ち、子供の顔が顕になる。
「――…っ!?」
「コーネリア! 母さんの仇!!」
 抑えきれない憎しみを抱く子供の顔を、コーネリアもユーフェミアもよく知っていた。
「絶対に許さない…!!」
 艶やかな黒の髪、透き通るような白い肌、誰も絶賛するであろう端正な顔。17年前に失った妹に生き写しのような子供。唯一違うとすれば、憎しみをありありと訴えるその瞳の色が皇族を表す紫電ではなく、燃えるような常盤だということ。そう、今その子供を取り押さえているスザクと同じ常盤の瞳。
「お待ちください!」
 膠着した場に声と同時に神楽耶が現れた。いつも淑女たる振る舞いをする彼女は、どうやら走ってここへ来たようで、肩で荒い呼吸をしている。
「やっぱり、ここへ来たのね…」
 神楽耶は子供に視線を向け、悲しげに眉を顰めそう呟いた後、さっとコーネリアに向かい直る。
「コーネリア総統、今回の子のこの失礼な振る舞い、全てこの神楽耶の落ち度でございます。処罰はこの子ではなく、どうぞわたくしめに…」
 神楽耶はそう言うと両膝を突き、コーネリアに向かって頭を下げた。それに誰よりも驚いたのは取り押さえられた子供のようで、思わず声を上げる。
「神楽耶姉ちゃん…!」
「――お黙りなさい。コーネリア総統、どうか…」
 嵐のような出来事の連続にコーネリアは呆然としたまま、神楽耶の側に片膝をついた。
「顔を上げてください、皇総代。未遂であったし、罪に問うつもりはない。枢木も放してやってくれ」
 解放された子供は素早い身のこなしでスザクから離れ、神楽耶も元に急ぐ。今まで子供を取り押さえていたスザクはその時初めて子供の顔を見たのだろう、驚きに顔を歪めた。
「ルルー、シュ…?」
 やはりスザクもコーネリアと同様に子供に亡き妹――ルルーシュの面影を見出したようだった。コーネリアは子供の罪を問うより、子供がどうしてそんなにもルルーシュに似ているのかを問いただしたかった。
 コーネリア達の視線がその子供に集中する中、神楽耶は近寄ってきた子供の頬を平手で打った。
「どうしてこんな馬鹿なことをしたの! 答えなさい、ホクト!」
 子供――ホクトは叩かれた方の頬を手で抑えながら、泣きそうな顔になっている。
「だって…母さんの…っ」
「貴方のお母様が仇討ちなど望むわけないでしょう! わたくしだって、ホクトにそんなことさせる為にお母様のことを話したわけではありません!」
「だって、だって…!」
 堪えきれずにホクトはしゃくり上げ、涙をボロボロと零し始める。
「かあさ、いない…っ なん、でっ 会いたい…のに! かあさ、会いたいよッ!」  幼い子供が母を恋しがるのは当然のことだろう。母にもう会えないのだと知ったそのときのその憤りを、悲しみを、ホクトは他にどうすることも出来なかったのだ。泣きじゃくるホクトを抱きしめる神楽耶を見つめながら、コーネリアは不意に9年前の義兄の言葉を思い出した。

『コーネリア、いつか君は今日のことで私を憎む日が来るかもしれない。…いや、すまない。そうだね、その日が来ないことをただ願うよ』

 どうして、今、その言葉が頭を過ぎるのだろうか。コーネリアは急にざわつき始めた嫌な予感に、唇を噛み締めた。




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2007/10/21
2008/11/14(改訂)