貴方はあの人のはずなのに



Burn My World 08




 ロイドが予見したように数日後、黒の騎士団に出撃命令が下された。ただ、ルルーシュから仕掛けたのではなく、痺れを切らしたテロリスト側が強硬手段に出たということだけは予見と違っていて、スザクはそのことに酷く安堵していた。
(やっぱりルルーシュ殿下はロイドさんが言うような人じゃない)
 現在、シンジュクゲットーに潜伏していたテロリストは輸送中のサザーランドを強奪しトウキョウ租界に向かっていた。計20台ものサザーランドがトウキョウ租界に進行すれば、大惨事は免れない。
『全機に通達。テロリストは識別番号を改竄している。こちらは1分ごとに新しいコードに切り替える。見落とすなよ』
 通信士から響くルルーシュの声にスザクはイエス・ユアハイネスと返す。
『少しでも租界に入られれば被害は拡大する。全機絶対に遅れるな。それでは作戦を開始する!』
 今回の作戦内容は単純だ。シンジュクゲットーには整理されてない旧地下鉄の路線が複数存在している。それを利用して先回り、テロリストを完全包囲して投降させる。重要なのは先回るポイントに全機が時刻までに到達すること。少しでも穴が存在すれば、テロリスト達はそこを突破口しようとし、黒の騎士団との全面戦闘に突入するだろう。
 そうなれば、必ず回りの施設や住民に危険が及ぶ。  一刻前に避難勧告が発令されているが租界の人間の中には逃げ後れるものもいるだろうし、何よりゲットーの住民達は混乱したこの場で逃げることも叶わないだろう。だからこそ、敵機を降伏させることが重要なのだった。
『スザク君、ランスロットの調子はどうかしら?』
「良好です」
『そう、よかったわ。気をつけてね』
「はい」
 しかし、予想以上にルートが障害物で塞がっており、迂回せざるをえず、このままでは到着時刻に間に合いそうになかった。
 ランスロットの速度を上げようとしたそのとき、脆くなっていたビルの外壁がKMFの走る振動によって崩れ落ちてきる。スザクがそれを回避しようとレバーを引いたとき、外壁の落下地点に取り残されていた親子がいるのを発見してしまう。
「危ない…!」
 スザクは回避行動に入っていたランスロットを無理矢理回旋させ、外壁を親子の間にランスロットを滑り込ませた。直後、外壁がランスロットに落下し、衝撃がスザクを襲う。
「…くっ」
 砂埃が立ち込め、画面は灰一色に塗り替えられる。しばらくすると砂埃が収まり、視界が回復する。スザクはすぐさま親子の姿を探す。すると驚きに固まって入るものの無事な親子の姿を確認することができ、スザクは安堵の息を漏らした。
『枢木どうした!?』
「すみません、民間人が…」
『何をやっている、作戦を忘れたのか!?』
 時刻はもう作戦開始時刻だった。ここからではどんなに急いだって2分は掛かってしまう。
「も、申し訳…」
『もう遅い』
 ルルーシュから通信はそこで切れてしまった。そこへセシルからの通信が入る。
『スザク君、騎士団とテロリストの戦闘が開始したわ!』
「そんな!」
『しかも包囲網が完璧に出来なったから、ものすごい混戦だよ。ラクシャータの造った紅蓮一式っていうKMFも実験機だっていうし、いつまでもつかって感じだねぇ』
『ロイドさん! なんて不謹慎なこと!』
 2人の会話を最後まで聞くことなく、スザクはランスロットを再発進させたのだった。



 トウキョウ租界に程近い場所にある旧公園では黒の騎士団とテロリストの戦闘が行われていた。
 カレンの操縦する紅蓮一式はラクシャータの考案した輻射波動を搭載した実験機で、唯一の第7世代KMFであるランスロットとほとんど同様の能力を有してはいるが、実験機は実験機、激しい戦闘に耐え切れず、右の駆動形に異常が出てしまっている。その為、カレンは厳しい戦いを強いられていた。
「こんのぉぉぉおっ!!」
 カレンは左だけで紅蓮一式を動かし、敵機に体当たりする。そのまま敵機の頭部を輻射波動を搭載した右手で掴み、輻射波動を作動させた。紅い閃光を共に敵機は崩れ落ちる。
『カレン、大丈夫か』
「ルルーシュ殿下! 輻射波動を作動させるごとに機体に多大なダメージがかかっています。満足な戦闘は、もう…」
『いや、よくやった。数台見逃したがほぼ撃破した。残った敵機も撤退行動をとっているし、租界への進行は防げた。ラクシャータに戦闘データを引き渡したら休んでくれ』
「了解しました」
 紅蓮一式から下りたカレンは辺りを見渡した。硝煙の臭いが鼻を掠め、カレンは顔を顰める。辺りは酷い有様だった。そこへ真っ白いKMFがやってきた。
「…あれは、確かランスロット」
 特派が開発したというそのKMFは戦場で異質なほどに美しく、場違いだった。停止したランスロットからスザクが飛び下りる。
「カレン、ごめん!」
「ごめんじゃないわよ、アンタ何やってたわけ?」
「それは…」
 スザクが言いよどんだそのとき、カレンの後ろから毅然とした声が響いた。
「任務を放棄して民間人を救出していたそうだな」
「ルルーシュ殿下…自分は任務を放棄したわけでは」
「結果そうだろう。おまえが任務を放棄したそのせいで包囲網は完成せず、敵機を見逃すこととなった。確認は取れないが、ここにいたであろうゲットーの住民達100人近くが死んだだろう。」
「それは…。だけど、目の前で人が死ぬのをわかって放っておけというんですか!」
「そうだ」
 言い切ったルルーシュの言葉にスザクは信じられない気持ちで彼を凝視した。
「1人と100人だったなら、私は100人をとれと命じる」
「そんな…!」
「目の前の1人が助かるなら、見えない100人はどうでもいいのか? 目の前の人を助けたい、結局それはおまえの自己満足だ」
 スザクはぎゅっと拳を握る。確かに今日、自分の判断のせいで100人近くの人が命を落としたのだろう。けれど、ずっと夢で繰り返し失う辛さを知っていたスザクはそれでも目の前の人を見捨てるということを選びたくなかった。
「僕は…」
 スザクの言葉などもう聞きたくないと言わんばかりにルルーシュは背を向け、ベースへと向かっていってしまう。スザクはその背を見送ることしか出来ない。
(どうしてですか、殿下…)
 強気優しき王は決して目の前の人を見殺しにしろという人ではなかったのに、ルルーシュはそうしろと言う。面影が重なるたびに感じた喜びを掻き消すように、重ならないその影はスザクに大きな困惑と悲しみを残した。




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2007/12/27
2008/11/16(改訂)