売られた喧嘩は買うっきゃない



Burn My World 06




「最近は随分ご機嫌が宜しいようですね、殿下」
 ルルーシュは突然のディートハルトの言葉に、心外だと言わんばかりに眉を顰めた。そのルルーシュの様子にディートハルトは笑う。
「お気づきではないのですか? 最近の貴方は本当に変わられた。その変化を私が齎したものでないことをどれだけ口惜しく思っているか…」
「戯言は止せ」
「戯言などではありません。私は貴方の存在が為にここにいるのです。その私の目を欺くことなど出来ません」
 譲らないディートハルトにルルーシュは諦めたように溜息を零す。このディートハルトという男、元は民間のTV局の人間であったが、ルルーシュが初めて戦果を上げたその直後に「貴方を撮りたい」と言って軍に志願した変わり者だった。
 能力的に劣る部分はなく、良く働く男だが、こうして熱っぽい視線を送られるとルルーシュはどう対処すべきなのか判断に迷ってしまう。現在、実害はないので放置しているが。
「定例会議に遅れる。これ以上報告がないのなら、私は行くぞ」
「はい。お気をつけて」
 深々と頭を下げるディートハルトに背を向けて、ルルーシュは定例会議が行われる議会場に向かって歩き始める。これから会議で行われる懸案について考えたいのに、ルルーシュの思考を占めるのは先程のディートハルトの言葉だった。
(機嫌がいい、だと?)
 確かに最近、ナナリーの調子が良くてそれを嬉しく思っていたことは間違えない。つい先日も咲世子と共にクッキーを作り、ルルーシュをお茶に招いてくれた。スザクというオマケもついていたが。
 恐縮しきってころころと表情を変えていたスザクの様子を思い出し、ルルーシュはくすり、と口元に小さく笑みを浮かべた。そうして、はっと口元を押さえる。
「……くそっ」
 どうやらディートハルトの言っていたことはこれかもしれない。ルルーシュは歩みは速めながら舌打ちを打つ。
(絆されてるとでも言うのか…。とにかく失態だ!)
 ナナリーという至高の存在を守る為に力が要る。このブリタニアという魔の巣窟で生き残るには、上り詰めるしかない。そこには感情など邪魔だというのに、どうしてスザクの前だけではあっさりと仮面が外されてしまうのだろう。ルルーシュは心の中の焦燥を抑えられぬまま、会議の席に着いたのだった。



 任されている各エリアについての報告をして解散。会議は途中までいつもとなんら変わりのないものだった。そう、あのエリアの話になるまでは。
「最近エリア11ではテロが凄いようじゃないか。まだいたちごっこを楽しんでいらっしゃるのですか、クロヴィス兄上」
「今やっている!」
「そう言ってもう半年近く経ちました。エリア11の生産性の低下も目を瞑りきれぬ数字です」
 エリア11が安定しないためその場を離れられないクロヴィスはホットラインによる参加であった。上位の継承権を持ちながらも軍事・政治に関する能力は今一つな彼が最近抱えている問題が、エリア11のテロだ。
 エリア11と現在の名に改められる前、その地は日本と呼ばれていた。そう、スザクやカレン達の故郷でである。彼らの為にも旧日本の行く末は人事ではない、ルルーシュはその会話に耳を傾ける。
「その打開のために先戦は立ててある!」
「お聞かせ願いましょうか」
「テロリストが潜伏していると思われる全てのゲットーへの壊滅作戦だ」
 クロヴィスのその言葉にルルーシュは自分の耳を疑った。ゲットーには民間人が多く住んでおり、その多くは子供や年寄りなど力なき者が多い。それは作戦と呼ぶにはあまりに稚拙であり、一方的な虐殺だった。
(そんなこと許して堪るか…!)
 ブリタニアの国是からすればそれは問題ない行為なのかもしれない。けれど、ルルーシュは力なき者――ナナリーを守ると誓った。ナナリーを守ると誓ったルルーシュだけは弱いから、力がないからといって殺されるのを許してはいけないと考えている。それを許したら、自分はナナリーを守る資格を失ってしまうような気がした。
 それにエリア11でそのような残虐なことが起こったと知ったら、スザクが悲しむだろう。それを行ったブリタニアという組織に自分がいるという現実に苦しむだろう。どうしてそこでスザクの顔が真っ先に浮かんだのか理由はわからない。藤堂だってカレンだって同じはずなのに。ルルーシュはその理由について深く考えることを放棄して、すっと席を立った。
「クロヴィス兄上」
「どうしたんだい、ルルーシュ」
「いくらゲットーといえどすべて潰してしまいましたら生産性の更なる低下が懸念されます。これは如何なものでしょうか」
「ならば、どうしろというのかな」
「私に任せてはいただけないでしょうか? 代わりにといってはなんですが、私の受け持つエリア6は安定を優先してしまったが為に文化面での大きな遅れがあります。クロヴィス兄上の才覚でそちらを助けていただければと…」
「そ、そういうことなら…」
 元々争いごとが好きではないクロヴィスはルルーシュの提案に食いついた。それを良く思わないのは、ルルーシュの継承権をこれ以上上げたくないと考える他の皇子達だった。
「エリア11に行くのは何もルルーシュでなくてはならないという理由はないだろう。それとも何か、貴公ならもっと早く治めてみせるとで言うのか?」
「そうだな、3ヶ月で治めてみせると言うのなら、我々もルルーシュがエリア11総督となることを認めようじゃないか」
 クロヴィスが半年かけても治めることができないそれを3ヶ月で治めろという。それはあからさまな挑戦だった。ルルーシュは異母兄達に向かって凄絶に微笑んだ。


「ええ、3ヶ月で治めてみせましょう」



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2007/12/19
2008/11/16(改訂)