Burn My World 30 くすくす、とユーフェミアの笑い声が部屋に響く。いつもと変わらぬ無邪気な彼女らしい笑い方。けれど、彼女はその口で恐ろしい言葉を囁いた。 「そう、ナナリーを殺させたのも、スザクの命を狙わせたのも、わたくしよ」 「ど…して…」 まだ完全に意識を失っていなかったコーネリアが顔を懸命に上げ、震えた声で問う。その表情は信じられないと、これは悪い夢だと言っていた。 「わたくしね、ルルーシュのことが大好きなの」 「俺だって、ユフィ、君のことを好きだと思っているよ」 「違うの」 ユーフェミアはゆっくりと立ち上がり、ルルーシュに近付いて行く。スザクはそれを止めたかったけれど、体がまるで自分のものではないように酷く重く、気を抜いてしまえば意識すらすぐ失ってしまいそうだった。 「ルルーシュにとってのわたくしは大勢の好きのうちの一人でしかないでしょう。わたくしの好きわね、たった一人のことなの」 白く細いユーフェミアの手がルルーシュの頬にそっと触れる。 「ルルーシュがいれば、他に何もいらないくらい、ルルーシュが好きよ」 「触…る、な…!」 ナナリーを手に掛けさせたと言うユーフェミアの手がルルーシュに触れているということが許せなくて、スザクは低く唸る。ユーフェミアはちらりとスザクを見遣った。 「そう、枢木スザク」 「枢木?」 「スザクが来るまでは、耐えられた。ルルーシュの心にいるのはナナリーだけだったから。ゆっくりとルルーシュの気持ちをわたくしに向ければいいと思ってた。けど…」 初めてユーフェミアがスザクの存在を知ったのは、ナンバーズがルルーシュの騎士になるというあの噂だった。けれど、そのときはまだ危機感は持っていなかった。ルルーシュの騎士の噂は過去何回か流れたことはあったが、ルルーシュがそれを受け入れたことはない。 いつもルルーシュを見ていたユーフェミアは、ルルーシュが騎士を持つことを恐れているということに気が付いていた。騎士は唯一無二、もしルルーシュが騎士にと望むなら、それは恐れさえ乗り越えてルルーシュが傍にいて欲しいと望む者が現れたことになる。 (ルルーシュは騎士なんて持たない。) 騎士なんて、自分以外がルルーシュの特別になるなんて、想像しただけでも気が狂いそうだった。 「最初は顔を見るだけのつもりだったの。でも、一目でわかった。枢木スザクはわたくしからルルーシュの特別を奪い去ってしまうって! だけど、ルルーシュもスザクもそのことにまだ気が付いていなかった。だからわたくしはスザクを騎士にするという名目で、ルルーシュから引き離そうとしたのに、スザクはそれを拒んだわ!」 あのときの焦燥と瞋恚をユーフェミアは忘れられない。このままではルルーシュを奪われてしまう。唯一、ルルーシュだけが欲しいのに、どうしてそれだけが手に入らないのか。 「でも、神様はわたくしを見捨てなかった!」 暗い情動、それは思わぬものをユーフェミアに授けた。 「ルルーシュをわたくしだけのものにする力を下さったの!」 「…それが、君のその力か」 強制的に人の意識を深い眠りへと誘うギアス。その力を使い、アリエスの離宮を警備していた騎士団を眠らせ、侵入者を手引きしたのだ。 「エリア11でスザクがしなかったのは予想外でしたけど、まあいいわ」 ユーフェミアは懐に忍ばせていた銃を取り出し、その銃口をスザクに向けた。その白い手が銃を握っているのは、酷く不釣合いだった。 「止めるんだ、ユーフェミア!」 「ユフィ…!」 制止の声にユーフェミアはうっそりと微笑んだ。 「やめて欲しいの、ルルーシュ?」 「ユーフェミア! お願いだ、止めてくれ…!」 「じゃあ、誓って。わたくしを好きになるって、愛するって、わたくしだけを見て、わたくしだけに話しかけて、わたくしだけのルルーシュになるって!」 身勝手なその言葉にスザクは怒りを覚えた。同じくルルーシュを愛する者として、そう願ってしまう気持ちは痛いほどわかる。だからこそ、許せなかった。 (動け、動け、動け、動け、動け、動け――!!) 体中の筋肉が悲鳴を上げていたけれど、スザクはそれに構わず立ち上がり、ルルーシュを守るようにユーフェミアの前に立ち入った。 「そんな、脅し、で、手に入れて、あなたは、そんなので、いいのか…!!」 奪い去ってしまいたい。けれどそのことで愛する人が悲しむのなら、自分の身勝手な愛なんて捨ててみせる。それが本当に愛すると言うことではないのだろうか。 「…やっぱりスザクはわたくしの邪魔をするのね」 トリガーに掛かるユーフェミアの指に力が込められる。撃たれる、そうスザクは確信した。それでもスザクはそこから引こうとはしなかった。ルルーシュの枷になるくらいなら、死んでしまったほうがマシだった。 「もう止めるんだ、ユフィ!」 ルルーシュの声に、ユーフェミアは動きを止めた。 「ルルーシュ…! ダメだ!!」 スザクの声を無視して、ルルーシュは自らユーフェミアの前に行き、先程とは逆に今度はルルーシュがユーフェミアの頬に触れる。 「わたくしのものになってくれるのね、ルルーシュ!」 「ユフィ、俺は君のものにはなれないよ」 喜色を浮かべていたユーフェミアの顔がルルーシュの言葉によって色を失う。 「…さない…。…許さないわ! そんなの絶対に許さない!!」 激昂したユーフェミアは銃を再び構える。 「ならルルーシュの大事なものを全部奪ってやるわ! 全部殺して、わたくしだけが残れば良い…!」 怒りに震えるユーフェミアの手をルルーシュは押さえ込み、ユーフェミアの手から拳銃を落とさせる。咄嗟にスザクはそれを蹴り、部屋の隅へと追いやった。 「離して、離してぇ!!」 暴れるユーフェミアを押さえて、ルルーシュはユーフェミアの顔を覗き込む。 「忘れるんだ」 ルルーシュの左目が、赤く輝く。絶対遵守のギアス。 「君が俺を思う気持ちも、力のことも、君が犯してしまった罪のことも、全て忘れろ!」 暴れていたユーフェミアはびくり、と大きく体を震わせた。そうしてふらふらとユーフェミアは後退る。 「いやよ、いや、いやいやいやいや! わたくしは愛してるの、ルルーシュを愛してるの! 忘れたくなんかない!! いや…いやよ!!」 ユーフェミアは自分を掻き抱くようにして、両腕で抱き締めながら、何度も被りを振る。 「忘れるんだ、ユーフェミア!!」 「いやぁぁぁああぁあああぁぁぁああッ!!」 がくん、とユーフェミアは糸が切れた人形のように倒れこんだ。ユーフェミアが意識を失うと同時にスザク、コーネリアの体を苛んでいた深い眠気がふっと消える。 「好きだったよ、ユフィ。君も大事な義妹だった」 涙すら流さないルルーシュに掛ける言葉が見つからず、部屋には重い沈黙が落ちた。 next 2008/04/10 2008/11/19(改訂) |