イエス、ユアハイネス――…僕は貴方の傍に



Burn My World 31




 あのあと気絶したユーフェミアをコーネリアが連れ帰ることとなった。コーネリアはルルーシュに何か言おうと言葉を探したけれど、結局ルルーシュに掛ける言葉が見つからず、黙って頭を下げ、そうして出て行った。
 2人きりになった部屋、スザクもまた掛ける言葉がなく、依然として重い沈黙が続いていた。それを破ったのはルルーシュの小さな声だった。
「…1人に、して、くれないか…」
 今にも折れてしまいそうなほどに細く儚げな背中。ルルーシュの優しい心が傷付いて悲鳴を上げていることに気が付いているけれど、スザクはなんて言ったらいいのか、どうすればいいのかわからない。不甲斐無い自分に嫌気がさす。
 結局、出来ることなんてルルーシュの希望を叶える、それだけだ。
「…失礼、します」
 言えたのはそれだけだった。部屋から出たスザクはそのままずるずると座り込み、そのまま頭を抱え込む。
 事件のきっかけは誰が好きだという誰にでもある感情だった。好きな人に自分を見て欲しいと願ってしまうことだって悪いことなんかじゃなく、当然の感情だろう。なら、どうして間違ってしまったんだろうか。どうして、傷付け合うことしか出来なかったんだろうか。
 ルルーシュを手に入れたくてナナリーを殺したユーフェミア。身勝手な彼女を憎く思う。けれどそれと同時に哀しく思う。ナナリーを殺され、その犯人が大事に思っていた義妹であるルルーシュに何も出来ない自分が腹立たしい。
 憎くて、哀しくて、苦しくて、腹立たしくて、いろんな感情が渦を巻いて、スザクを責め立てる。じわりと目頭が熱くなり、堪え切れない涙がぼたぼたと溢れてきた。嗚咽を必死に噛み殺しながら、スザクはそのまま暫く泣いていた。



 翌朝、昨日のことなどまるでなかったかのように、ルルーシュはそのことに一切触れようとはしなかった。そんなルルーシュに対しスザクはただ傍に控えていることしか出来ない。
 会議を終えたルルーシュがアリエス宮へ向かう廊下を歩いていると、奥からコーネリアが歩いてくるのが見えた。
「…!」
 コーネリアの後ろに穏やかな表情を浮かべたユーフェミアの姿を見つけたスザクは思わず歩みを止めた。
「あら」
 ふわりとドレスをなびかせてユーフェミアは一礼する。
「御機嫌よう、ルルーシュお兄様」
 にっこりと微笑んだユーフェミアに昨日の狂気の面影はない。ギアスの力によって、本当に忘れてしまっているのだ。何も知らない無邪気な笑みにもやもやとした感情が湧き上がる。
 スザクがその感情について考えている間にユーフェミアは先へ歩いて行く。申し訳なさそうに眉を寄せたコーネリアに、ルルーシュはゆっくりと首を横に振る。気にするな、そうとでも言っているのだろうか。
 2人を見送ることなく、ルルーシュもまた歩み始めた。先を歩くルルーシュの表情を窺うことは出来ず、スザクは今ルルーシュが何を思っているのか推測することすら出来なかった。
 しかし、アリエスの離宮の庭園を横切っていたそのとき、その日、初めてルルーシュが感情を顕わにする。何かを堪えている、そんな表情でルルーシュが見つめる先は、ナナリーが好んだ花の園。
「殿下は…」
 今まで堪えていた感情がもう抑えられなかった。
「殿下は、優しすぎます…!」
「枢木…?」
「だって、ユーフェミア様は何もかも覚えてなくて…辛いのも悲しいのも全部、殿下が一人で抱え込んで! どうしてそんな誰かにばっかり優しいんですか!」
 そう、何も知らないユーフェミアを見たあの時に湧き上がったのは、ずるい、という思いだった。あの事件で関係した誰もが傷付いたのに、そうして当事者のユーフェミアだけが全てを忘れて、のうのうと笑っていられるのか。確かに彼女は哀れだと思うけれど、だからといって犯した罪がなくなるわけではないのに。
「傷だってまだ癒えてないのに…ッ」
「俺は優しくなんか、ない」
「そんなことないです!」
「優しくなんかない!」
 思わず大きな声を上げて言い返してしまったルルーシュは、はっとしたようにその口を手で覆い、視線を俯かせた。
「…ただの、エゴだ」
 あの時、ルルーシュが全て忘れるようにギアスを掛けたのは、決してユーフェミアの為なんかではなかった。
「ユーフェミアがあのまま拘束されたとしても、ユーフェミアは諦めようとはしないだろう。宣言したように、俺の回りにいる大事な者達を再び殺そうとするだろう」
 それは予想ではなく、確信だった。
「俺は…もう、誰も…、枢木、おまえを失いたくなんかないんだ! その為にギアスという力に使ってまで、ユーフェミアの執着の元を断ち切った! 優しさなんかじゃない、全部、自分のためにしたことだ!」
 もう何一つ奪われたくなかったから、ユーフェミアの記憶を消した。その行為が他者の尊厳を踏みにじることだと、わかっていながらもその力を行使した。ルルーシュはそんな自分が酷く利己的な人間だと、自分が酷く醜い人間だと思い知らされる。真っ直ぐにスザクの顔を見ることが出来なかった。
「俺は醜い…っ」
「そんなことない!」
 スザクの言葉にルルーシュは顔を上げる。その言葉を否定するため口を開こうとすると、スザクの指がそっと唇に触れた。ルルーシュは思わず言葉を止めた。
「そんなことないんです。誰だって失うことが怖いから、抗う」
「でも、それは…!」
「許されない? なら、僕はあなたよりもっと罪深い…あなたが僕を失いたくないと言ってくれたとき、嬉しかった。酷いやつでしょう、僕」
 ルルーシュが自分を必要としてくれている、そのことが何よりも嬉しかった。
「誰だって、醜い部分があります。自分の醜さに打ちのめされそうになる日だってある。でも、僕達は生きてる。生きていくしかない」
 生きている限り、悲しみも喜びも全て無くなりはしない。生きている限り、進むしかない。
「…っ」
「あなたが疎むギアスも、あなたが厭う醜さも、すべてひっくるめてあなただ。僕の誓いは変わらない。あなたの傍に、そしてあなたを守る。それとも、僕じゃ、ダメ…でしょうか…?」
「そんなことない! 俺は…お前が、いい」
 傍にいて自分と一緒のものを背負って欲しいと思える人が始めて出来た。
 ――お兄様、大丈夫。お兄様に全てを預けて下さる人が必ずいます。お兄様がその手を受け取りたいと思う方が必ずいます。ですから、怖がらないで
(ナナリー、本当だな…俺は、手を伸ばしても許されるのだろうか)
 震えながら彷徨うルルーシュの手を、スザクはしっかりと掴む。ルルーシュは一瞬固まった後、確かめるようにゆっくりとスザクの手を握り返す。
「くるるぎ…」
 ルルーシュはスザクの胸に額を預け、握り返したその手を更に強く握る。
「俺と共に、生きてくれ」
 無論、答えは1つだ。スザクは迷うことなく、答えを返した。






 そうして、今まで頑なに騎士を持とうとしなかったルルーシュの騎士の就任式が行われることとなった。
 騎士となるのは枢木スザク。彼がナンバーズであることを理由に他の皇族や貴族達からの批判があったが、本人たちは気にすることなく、式典会場に姿を見せる。
 いつもより絢爛な黒の衣を身に纏ったルルーシュと、眩い白の騎士服に身を包んだスザクは、まるで最初からそうあるべきだったのだと思わせるようなほどに、美しい対だった。 「枢木スザク、汝、騎士の誓約をたて、ブリタニアの騎士として戦うことを願うか」
「イエス・ユアハイネス」
「汝の全てを持って戦況を切り開く剣と、災厄を防ぐ盾となることを望むか」
「イエス・ユアハイネス」
「我、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは汝、枢木スザクを我が騎士と認めよう」
 新しく誓約を結んだ主と騎士に会場からは拍手をもって、迎えられた。






next→準備中




 ここまでで物語の前半が終了です。後半はついに騎士皇子になったスザルルが恋人になっていく過程と、ギアスに関するお話になる予定です。
 ギアスに関するのはR2での情報も鑑みて話を決めようと思っていたのですが、いまいちどうするか決めきれておりません(…)
 ちゃんと構想が出来たら連載再開しますで、そのときまたお付き合いいただければ幸いです。




2008/04/26
2008/11/19(改訂)