無邪気な笑みに恐怖を覚えた



Burn My World 29




 暗殺未遂事件から数日も経たない内にルルーシュ達はエリア11を後にし、本国へと帰国した。ルルーシュの回復に喜ぶ団員達、そんな団員達にルルーシュは労いの言葉を掛ける。
 以前の活気を取り戻しつつある騎士団の中で、ルルーシュは時折、思いつめたような表情を浮かべていた。ルルーシュが何を思っているのか、尋ねようとして話しかけてもルルーシュは笑顔の後ろに何かを隠してしまい、スザクは結局聞くことは出来なかった。



 本国に戻ったルルーシュはまだ病み上がりだということで以前よりも軽いスケジュール――それでも相当な仕事量をこなしていた。スザクはそんなルルーシュに付き、一緒に過ごすことが多くなり、スザクがルルーシュの騎士となる噂の信憑性を深めることとなっていた。
「殿下、今日の執務をこれで終了です。もうお部屋に戻られますか?」
「いや…今日はこれからコーネリア姉上とユーフェミアがこちらに来る。もう約束の時間だからな、ここで待つ」
「はい」
 来訪の予定を告げるルルーシュの表情はどこか硬い。そう、あれは本国に帰るときに見せた追い詰められた表情に似ていて、スザクは不安になる。
 リ姉妹は多くの皇族中でも数少ないルルーシュに好意的な皇族だ。他の皇族のように母親が庶民の出であることを馬鹿にしたり、ルルーシュの才能に嫉妬しやっかむことなどはしないだろう。ならに、何がルルーシュの心を苛むのだろう。
 前のようにかわされてしまうかもしれないが、それでもスザクはルルーシュに問い掛けようとする。しかしそれは扉をノックする音に遮られた。
「コーネリア様、ユーフェミア様がお見えになりました」
 メイドのリ姉妹の来訪を告げる言葉にルルーシュは頷き、スザクは扉を開ける。
「ルルーシュ、久しいな」
「姉上、お久しぶりです」
「加減が悪いと聞いたときは心配したぞ。…回復したようで何よりだ」
「ご心配をお掛けして申し訳ありません」
「……ナナリーのことは、残念だった」
「…いえ、あれは自分の力不足が招いたことですから」
 ルルーシュの一歩引いたような態度にコーネリアは哀しそうに眉を寄せたが、それを追求はしなかった。2人の会話に区切りが付いたところで、コーネリアの後ろに控えていたユーフェミアが顔を出す。
「ルルーシュ!」
 嬉しそうな笑顔でユーフェミアはルルーシュの前に出る。
「メールでは良くお話しましたけど、実際に会うのは久しぶりですわね」
「ああ、そうだな」
 挨拶を交わした後、ルルーシュの入れた紅茶でささやかな茶会が開かれることとなった。


「そういえばエリア11で暗殺未遂があったらしいな」
「ええ、そこの枢木のおかげで俺はケガ1つせずすみましたが…」
 あの夜の真実――狙いがルルーシュではなくスザクだったということは黒の騎士団幹部内だけの秘密となっている。表向きはルルーシュを狙った暗殺にて、スザクが阻止、その際に負傷とだけ知らされている。ギアスに関してはルルーシュとスザク2人だけの秘密となっていた。
「そうか。枢木、よき働きをしたな。」
 コーネリアの言葉にスザクは頭を下げる。
「犯人の目処は立ったのか?」
「いえ…なかなかに狡猾な人物らしく何人も仲介しているようです。末端である実行犯は何も知りませんでした」
 現在黒の騎士団が全力を挙げてアリエス宮襲撃事件、暗殺未遂事件双方の事件の真相解明に取り組んでいるが、どちらもまだ成果を上げていなかった。
 紅茶を飲みながらコーネリアとルルーシュのやり取りを聞いていたユーフェミアは、カップをソーサーにおくと、スザクに向かって笑顔を向けた。
「でも、命を狙われたのに命に関わらない程度のケガで済むなんて、やっぱりスザクはすごいのですね!」
 その言葉に何か引っかかりを覚えるものの、スザクは再び頭を下げる。カチャ、と陶器がぶつかる音がしてスザクは顔を上げる。その音を立てたのはルルーシュだった。
「…ユーフェミア」
「もう、ルルーシュったら、ユフィって呼んで――」
「どうして知っている?」
 ユーフェミアの言葉を遮ってルルーシュが硬い声色で問い掛けた。
「あの暗殺事件、表向きは俺が狙われたと発表してある。どうして、スザクが標的だったということを君が知っている」
 畳み掛けるようなルルーシュの追求にも、ユーフェミアはいつもの笑みを浮かべたままだ。
「あら、言い間違えてしまったみたいですね」
「いや、違う。君は知っていたはずだ。…この一連の事件の首謀者として」
「ルルーシュ!!」
 コーネリアが非難の声を上げるが、ユーフェミアはそれをそっと制止する。
「どうしてそう思うのかしら?」
「黒の騎士団ではなく、俺の個人的な調べであるが、君が王宮を出ていることの確認は取れている。それに、俺達がエリア11のどこに静養に行っていたか…それを知っているのは黒の騎士団以外ではメールでそのことを聞いてきたユーフェミア、君しかいない。それに…」
「ふふっ」
 ユーフェミアは小さく笑う。何故だがその笑みに背筋が凍るような悪寒を覚えて、スザクは無礼を承知の上でルルーシュを庇うように前に出た。
「ルルーシュはやっぱり頭がいいのね」
「ユフィ…?」
 どこか様子の違うユーフェミアを不安に思って、コーネリアはそっとその腕を掴むが、それを拒むようにユーフェミアは呟いた。
「お姉さまは眠っていて下さいな」
 突如、がくんと糸が切れたようにコーネリアは倒れこむ。一体何が起こったというのだろうか。
「スザクも眠っていて頂戴ね」
 その言葉に思わずユーフェミアの方を向くと、藤色の瞳が禍々しい赤に変わっていた。
「まさか…っ!?」
 ギアス、そう続けようとしたが、突然襲い掛かった強烈な眠気にスザクは膝を付く。
「まあ。お姉さまもスザクも効きが良くないみたい」
「ユーフェミア、この力は…」
「ふふ、素敵な力でしょう?」
 禍々しい赤の瞳で、ユーフェミアは笑う。それはいつもと変わらぬ無邪気な笑みだった。




「そう、ナナリーを殺させたのも、スザクの命を狙わせたのも、わたくしよ」





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2008/04/05
2008/11/19(改訂)