僕は貴方の側にいたいんです



Burn My World 28




『全ての者に等しくある絶対の存在、それが運命』
 運命により、全ては定められていると、声は繰り返す。
『輪廻――それは繰り返される宿命』
 運命により定められた事象は輪廻により繰り返されるのだと、声は続けた。
『おまえは定めを断ち切る者となり得るか』
 声はそう繰り返し、問う。
 そんな問いを繰り返されたって答えなんてわからない。ただ、運命だからと、宿命だからだと、諦めたくない人がいる。あの人が傷付くなら、泣いてしまうのなら、苦しむのなら、そんな定めなんか認めない。最後まで抗う。
 ―――僕は、あの人と共にありたい。今度こそ、最後の瞬間まで…



「…う、」
 スザクが目を覚ますと、見覚えのある後姿が目に入る。
「…カ、レン…?」
「あ、気が付いたのね!」
「殿下、は…?」
「殿下はご無事よ、スザクが守ってくれたから。スザクのほうがよっぽど怪我人よ。足の怪我はしばらく痛むだろうし、あ、でも腹部の怪我はこれのおかげで掠り傷ですんだって」
 ルルーシュの無事を伝えながらカレンはスザクの掌にそっと懐中時計を握らせた。銃弾が当たったらしく、その蓋の部分には抉られたような傷がある。
 スザクはその自分が守ったという言葉を心の内で違うと否定した。泣きそうに歪んだルルーシュの顔が脳裏に焼き付いて離れない。守ろうと誓ったその人に、自分はただ守られたのだとスザクは自分の無力さに唇を噛み締めた。
「前のように話せるようになったの。スザクが目を覚ましたらすぐ本国に戻るって言って、今、準備をされているわ。」
 ルルーシュが以前のように話せるように回復したことが嬉しいのだろう、カレンの声は何処か弾んでいる。しかし、スザクは、あの泣きそうな顔を見たスザクだけは素直に嬉しいと思うことは出来なかった。
(会いに、行かなきゃ)
 そう思うけれど、回復しきっていないスザクの体は休養を求めていた。睡魔に勝てず、スザクは再び瞼を下ろした。


 再びスザクが目を覚ましたのは、そろそろ日付も変わろうとしている頃だった。スザクはゆっくりと体を起こす。撃たれた足は鈍い痛みを訴え、体も普段とは比べ物にならないほど重く感じるけれど、動けないほどではなかった。
 もうこんな時刻だ、休んでいるかもしれない。そうわかっていても会いたいと言う衝動を殺すことなど出来なくて、スザクはゆっくりとルルーシュの部屋に向かって歩き始めた。
 そうして辿り着いたルルーシュの部屋。会いたい一心で来たのはいいが、やはりもう休んでいるかもしれない時間にドアをノックするのは躊躇われて、スザクは部屋の前に立ち尽くす。会いたい、けど、2つの思いが鬩ぎ合って結論は出ない。
「…スザク?」
 襖を隔てて掛けられた声にスザクは驚く。まだ何もしていないのに、どうしてスザクがいることに気が付いたのか。
「スザクだろう。傷はどうだ」
「…もう、大丈夫です」
「嘘をつくな。まだ暫くは痛むはずだとラクシャータが言っていた」
「知ってるなら、聞かないで下さいよ」
 ルルーシュが襖に手をついたのか、襖はきしんだ音を立てた。そうして沈黙が落ちる。襖が開かれることはなく、ルルーシュが言葉を発することもない、そんな沈黙にスザクはすぐに耐えられなくなり、自分から声を掛けようと口を開く。
「…あ、あの」
「スザク、もう俺を守ろうとするな」
「え?」
「もう、俺の傍に来るな」
 そう告げたルルーシュの声は震えても、掠れてもいなかった。けれど、スザクは何故かルルーシュが泣いているような気がした。思わずスザクは襖を開けようとするが、開かなかった。ルルーシュが内側から押さえているのだろう。
「開けてください、殿下」
「断る。傍に来るなと言っただろう」
「それを了承するなんて言ってません」
「くどい!」
 素直に襖を開けてくれる様子はない。それならば――
「実力行使に出るまでです」
 スザクは襖に掛けていた手にぐっと力を入れた。本調子ではないといっても、スザクとルルーシュの腕力の差は歴然で、少しの――ルルーシュにとって精一杯の抵抗の後、あっさりと襖は開く。
「…この体力馬鹿が!」
「馬鹿だってなんだっていい! なんでそんな辛そうな顔をしてるんですか?!」
「してないっ」
「じゃあ、さっきのは全部あなたの本心だって言うんですね」
「そうだ!」
「なら僕の目を見て、おまえなんか要らない、自分の前から消えろって言って下さい。そうしてくれたら、僕はあなたの望むとおりにします」
「…ッ!」
 辛そうに顔を歪めたルルーシュがスザクの目を必死で見ながら、言葉を搾り出そうと何度も口を開くけれど、それは言葉にはならない。ルルーシュは力なく畳みに座り込んで、項垂れた。小さく震えるその細い体が痛々しく、スザクはそっとその体を抱き締める。触れた体が夏だというのにとても冷たくて、スザクは回したその腕に力を込めた。
 それからどのくらいの時間が経ったのだろうか、スザクもルルーシュもただじっとお互いの体温を感じていた。ルルーシュがスザクの腕の中でもぞりと動く。
「本当は…」
 ルルーシュは言い淀む。そうして覚悟を決めたようにぎゅっと掌を握る。
「…すぐ声は出るようになっていた。声が出なかったのは目覚めた後の数日間だけだった」
「どうして、声が出ないフリを…?」
 スザクの問いにルルーシュは面を上げて自嘲じみた笑みを浮かべる。
「この力のせいだ」
 そう言ったルルーシュの左目が昨晩と同じように紅く輝いた。あれはやはり見間違いなどではなかったのだ。ルルーシュがゆっくりと瞬きをすると左目はいつもの紫電へと色を変えた。
「…あの日、ナナリーを殺した侵入者に、俺は空気を吸うこと許さない、苦しんで死ねと、そして昨日、襲撃者に朝まで気を失っていろと言った。この力――ギアスは、絶対遵守の力。俺は…この力が憎い…! まるでナナリーの命と引き換えに与えられたようなこの力が!! こんな力のためにナナリーがどうして死ななくてはならない…っ」
「落ち着いてください…! それはあくまで結果論です。その力を得るためにナナリーを殺したわけではないんですよ!」
「わかっている! しかし俺は結果としてナナリーの死と引き換えにこの力を得てしまった! 人の尊厳を踏みにじる力を!!」
「…その力で人を殺したことを、後悔しているんですか?」
「違う」
 スザクの問いにルルーシュはきっぱりと答えた。ならば何をそんなにも恐れているのだろうか。
「あいつらを死ねと命じたことを後悔などしていない。こんな力などなくても、あの男達がしたことを俺は絶対に許さない。俺の持ち得る全ての力で殺す…!」
「なら…」
「俺は、俺はこの力がおまえ達を…スザクを傷つけてしまうことが、何よりも恐ろしい…!」
 近しい人の尊厳を踏みにじり傷つけてしまうことが怖かった。そしてこの力を持つものとして拒絶されるのが怖かった。記憶に残る過去の王が、慈しんでいた民に魔王と罵られ、死んでいった哀しい過去がルルーシュを臆病にさせる。
「だから、俺は…ッ」
 ギアスの発動条件は相手が自分の目を見ていること、そして遵守する内容をルルーシュが宣言することだ。だから、声を無いものとした。
「じゃあ、どうしてその憎い力で僕を助けてくれたんですか?」
 ナナリーの命を引き換えに得た憎い力。隠し通していたそれを使ってどうして自分を助けたのかスザクは問う。
「それは…」
 理由など1つしかなかった。その憎い力を使ってでもスザクを助けたかったのだ。
「…おまえを、スザクを、失いたくなんてなかったから以外に何がある…!」
 勢いのままルルーシュは言うつもりなどなかった胸の内を言ってしまい、気まずく思ったルルーシュはスザクに背を向けようとした。しかし、スザクの手がルルーシュの腕を引き、それは叶わなかった。
「あなたがそう思ってくれるように、僕だってあなたを失いたくない。守られるだけなんて真っ平だ。僕はあなたを守りたい。どんな力を持っていようと、あなたは僕の知っているルルーシュという僕がただ1人守りたいと思う人だ」
 スザクの言葉にルルーシュは瞳を丸くする。
「僕はあなたの傍にいる。あなたが憎むその力すらあなたの一部だと思えば、愛しく思う。僕は絶対に離れない、離さない!」
「…おまえは、馬鹿だ…」
 ぽろぽろと、紫電の瞳から涙が零れ落ちる。ルルーシュが初めて見せたその涙は止めることを知らず、次々と溢れては零れ落ちていく。
「おお…ばかもの、だ…ッ」
「バカだってなんだっていいんです。――あなたの傍にいられるなら」
 ルルーシュは涙でぐしゃぐしゃになった顔で、それでも綺麗に微笑んだ。スザクはそっと指で涙を拭う。拭っても、拭っても涙が溢れてきて、スザクは苦笑して、宥めるようにその髪に、額に、キスを落とす。
 そうして、初めて触れた愛しい人の唇は、少ししょっぱいものだった。




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2008/03/28
2008/11/19(改訂)