(泣かないで…)



Burn My World 27




 夏の夜空に星が瞬く。
 ルルーシュはその夜、初めてスザクや誰かに促されるのではなく、自発的に外に行きたい、久方ぶりにそう思った。星に誘われるように、庭に出て、昼間の蒸しかえる熱気とは違う夜の少しひんやりとした空気をゆっくりと吸い込んだ。
「…―――」
 吐息のようにルルーシュが何か呟いた。しかし、それが言葉となることはない。
「殿下?」
 振り返るとそこにはスザクがいた。スザクの姿にルルーシュは無意識にやわらかい笑みを浮かべる。
「どうされました?」
『星が綺麗だったから 外に出たくなった』
 ルルーシュからの自発的な言葉にスザクは嬉しくなる。零れる笑みを隠しもせず、スザクはルルーシュに手を差し出した。
「じゃあ、僕と夜の散歩でもどうですか?」
 ルルーシュはその言葉にスザクをはっと見つめる。夜に出かけるのは護衛を行う騎士団の団員達に負担となるのではなか――そんな心配と、行きたいと思ってしまった自分の気持ちにルルーシュの瞳は戸惑い、揺れる。
「大丈夫。ここの敷地内ですからそんなに遠くないですよ」
 それに時刻は8時を少しばかり過ぎたばかりだ。ルルーシュが気に病むことなどないのだとスザクは伝える。ルルーシュは微笑んだ。


 以前釣りに出かけた川の近くにある林、スザクがルルーシュを連れてきたその場所は鬱蒼と続く木々が途切れており、月明かりが差し込んでいた。まるでスポットライトで照らされた舞台のようだった。その場所から空を仰ぐと、星々の瞬きがまるで手を伸ばせば届いてしまいそうなほど、鮮明に見ることが出来る。
「前に夕陽を見たとこもすごく綺麗に星が見えるんですけど、あそこは足場が良くないから、今日はここで我慢してくださいね」
 我慢、だなんてとんでもないとルルーシュは思った。確かにあの場所から見る星空もとても綺麗なのだろうが、今ここで見た星空がそれに劣っているとは到底思えなかった。
『ここに連れてきてくれたこと 感謝してる』
「…なら、よかった」
 こと座のベガ、白鳥座のデネブ、ワシ座のアルタイル――夏の大三角の中をくぐるように走る天の川。こんなにも穏やかな気持ちでゆっくりと星空と見たのは、アリマンヌが亡くなって以来のことだった。
「ここの星空は冬だともっと綺麗に見えるんですよ」
 スザクのことにルルーシュは視線をそちらに向けた。スザクは穏やかな口調とは裏腹に真剣な目をしていた。
「だから、冬になったら、来ましょう…っ」
 泣きそうに歪むスザクの表情にルルーシュはその言葉を肯定してあげたかった。けれど、ルルーシュはわかっている。この穏やかな時間は限られたものであると。このままルルーシュが政務に戻らなければ、いずれ黒の騎士団は解散させられ、そしてルルーシュ自身も最悪廃嫡となるだろう。
 忌まわしきアリエス宮襲撃事件が起こり、ルルーシュがエリア11に静養に来てから1ヶ月以上の月日が流れた。詳しくは回復してからと誰もルルーシュに詳細な情報を伝えていないが、シュナイゼルが手を貸してくれたと言うことだけは伝えられた。しかし、いかにシュナイゼルと言えど冬までこの仮初の平穏を維持することは出来ないだろう。
(もうすぐ、お別れだ)
 黒の騎士団の団員は優秀だ。きっと解散したとしても引く手数多だろう。スザクも次世代型KNFのデヴァイサーだ。きっと特派にそのまま所属が移ることになるだろう。
(俺のことなど、忘れて欲しい。忘れて、生きて欲しい)
 ルルーシュに仕えたいのだとまっすぐに告げていたスザクの顔が脳裏に過ぎり、ルルーシュの胸を罪悪感が締め付ける。胸の痛みは罪悪感だけではなかった。スザクと離れるということに、心の何処かが悲鳴を上げている。嫌だ、と。
「また、一緒に来ましょうっ 殿下…!」
 辛そうに顔を歪めながら、それでもルルーシュは決して頷いてはくれなかった。スザクはそれ以上何も言えなくて、黙り込んだ。重い沈黙が2人の間に積もる。
 短かったのか、長かったのかよくわからない沈黙を破ったのは通信機の受信音だった。スザクは慌てて通信に答える。
「はい、枢木です!」
『そちらは無事か!?』
「え、…あ、はい、異常ありません」
 いつも冷静な藤堂の焦りを帯びた声に、緊張が走る。
『賊が侵入した、狙いは殿下だろう。今そちらに団員を送った。気を付けてくれ』
 非常事態用にルルーシュには常に発信機を所持してもらっている。そのためスザクとルルーシュが今いるポイントも正確に把握できていた。
「了解しました。こちらへ向かうのはどのルートを?」
『ルートは8−4だ。合流するか?』
「たいした武器を携帯していませんので、戦力面で不安が残ります。こちらからも動きます」
『了解した』
 通信を終えたスザクはルルーシュへと向き直る。横で通信を聞いていたルルーシュはしっかりと状態を把握していたようで、スザクと目が合うとこくんと頷いた。スザクはルルーシュの手を取り団員と合流するべく、その場を後にした。


(殺気…!?)
 星空を見たあの場所から少し進んだところで、ぞくりと背を這うような殺気を感じて、スザクはルルーシュを庇うようにして立ち止まった。その瞬間、スザクの足に衝撃が走る。
「…っく!」
 足の甲から激しい痛みが走る。どうやら銃で撃ち抜かれたようだ。銃声はなかったので、サイレンサーを使用しているのだろう。スザクは懐から小型の銃を取り出して殺気を感じた方向へと銃口を向けた。暗闇の中、何かが反射してきらりと光る。スザクは迷いなく銃を発砲する。
「ッがぁ!」
 銃弾は命中したようで、賊と見られる男はそのまま倒れこんだ。スザクは詰めていた息を吐いて、辺りを見渡そうとしたその時――
「――…ッ!!」
 今度は腹部に焼け付くような衝撃が走る。スザクは思わずしゃがみこんだ。
「おまえが、枢木スザクだな」
 先程絶命した男とは違う場所からもう1人の賊が姿を現した。スザクは男を睨み付けた。
「死んで貰おう」
 男が銃口をスザクに定めたその時、ルルーシュがスザクを庇うように前へ出た。スザクは咄嗟にルルーシュの腕を引き、そのまま横に転がった。先程まで2人がいた場所を銃弾が襲う。傷口から血が溢れるがそんなことに構っていられない。スザクは銃を構えた。
「何考えてるんですか!?」
 スザクの怒声にルルーシュは大きく肩を震わせた。
「部下を庇うなんて、無茶苦茶だ…!」
 ルルーシュの無茶な行動に怒りを感じながらも、スザクは冷静に状況を判断しようと頭を働かせる。男はどういうわけかルルーシュより先にスザクを処分したいようだ。ならば、ルルーシュが団員達と合流するまでの時間を自分が稼ぐことが出来る。
「いいですか、この後ろにある道をまっすぐに逃げてください」
 スザクがルルーシュを助けるために自分の命を捨てようとしていることに聡いルルーシュはすぐに気が付いたのだろう。弱々しく首を横に振る。
「いいから! 行くんだ!」
「……っ!」
 スザクの服の裾を握ってルルーシュは尚も首を横に振る。嫌だとルルーシュは全身で訴えていたけれど、ここでルルーシュを死なせるわけにはいかなかった。
「茶番はそこまでにしていただこう」
 男が間合いを詰める。スザクはルルーシュの手を振り払って男を向かい討とうとする。良くて、相打ちだろう。そうスザクは覚悟した。

「待て」

 凛とした声が響いた。
 スザクはこの声を良く知っていた。凛と通る、澄んだ声。そう、失われていたはずのルルーシュの声だった。
「おまえは朝まで気を失っていろ!」
「…ああ」
 ルルーシュの言葉に男は唐突に倒れこんだ。どうしてルルーシュの声が出るようになったのか、どうして男が急に倒れたのか、スザクにはまったく理解出来なかった。スザクは混乱した思いのままルルーシュを振り返る。
 ルルーシュの表情は悲しそうに、辛そうに歪んでいた。そして、美しい紫電の瞳が何故か左だけ紅く爛々と輝いていた。
「スザク、すまない…ッ」
 ルルーシュは今にも泣き出しそうな顔をしていた。泣かないで、そう伝えたかったけれど、何もいえないままスザクの意識は途切れた。




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2008/03/17
2008/11/19(改訂)