その熱を、柔らかさを何度も反芻してしまう



Burn My World 26




 一緒に夕焼けを見に行ったあの日からルルーシュは少しずつだが、食事を取るようになっていた。1人で取るよりも誰かが一緒に取るほうが少しばかり食が進むようで、それを知ってからルルーシュの食事の際には必ず誰かが一緒に取るようになっている。
 まだ声は出ないが、筆談で会話することも出来るようになり、今では筆談用の小さめのスケッチブックを常に持ち歩いている。それにユーフェミアやコーネリア、クロヴィスといった比較的親しい義兄弟メールを交わすようになり、少しずつ外界へと目が向けられるようになっていた。


「あ、そろそろ食べられますよ」
 スザクは先程釣り上げた鮎の塩焼きを手渡した。串に刺したままの鮎を手渡されたルルーシュはどう食べれば良いのか戸惑い、スザク視線を向ける。
「釣った魚はそのまま食べるのが一番おいしいんです!」
 スザクはそう言ってそのまま手に持った鮎に齧り付いた。予想外な食べ方にルルーシュは驚いて目を丸くしたが、そういうものなのかと恐る恐る手渡された鮎に口をつけた。少しばかりの苦味と一緒に広がる旨味、予想以上のおいしさにルルーシュの手に持った鮎をまじまじと凝視する。
「ね、おいしいでしょう!」
 笑顔で問い掛けるスザクにルルーシュは小さく頷き返した。
 食後は川瀬の手ごろな石の上に腰掛け、足先を川の水の中で遊ばせながら、特に何をするわけでもなく静かに過ごしていた。川のせせらぎ、木漏れ日のきらめき、全てがルルーシュにとって新鮮にその目に映る。
「そうだ、殿下。今日の夕飯知ってます?」
 問い掛けにルルーシュは首を横に振り答えた。
「今日はですね、カレーです」
 カレー、その言葉にルルーシュは思考を巡らせる。確かインドを中心とした中近東から東南アジアで用いられる混合香辛料、もしくはそれを用いて調理したものをカレーと言う。食欲増進、消化促進などの効果もあるとか。ルルーシュがカレーについて知っているといえば、そのくらいだった。スザクがどうして夕飯がカレーだとわざわざ告げた理由がルルーシュにはわからない。
『カレーだと 何かあるのか?』
 スケッチブックに書かれた問いにスザクは慌てて説明を始める。
「日本ではカレーは定番なんですよ! 家の食卓とか、キャンプとか、林間学校なんかで大人数でわいわい食べるときに大活躍するんです。今日はもうちょっと日が落ちたら、皆で庭に出てカレーを作って、皆で食べようって話になってるんです」
『皆で?』
「そう。あ、殿下、包丁使うときは気をつけてくださいよ! 万が一、指を切っちゃったりしたらすぐ僕に教えてくださいね!」
 真剣な顔でスザクにそう迫られ、ルルーシュはあまりに必死なスザクの姿に思わず笑みを零した。
「笑うなんてヒドイですよー…」
 肩を落とすスザクの頭を宥めるようにぽんぽんと撫でれば、スザクは子ども扱いして、と小さく呟いた。その拗ねた様子が何だか微笑ましくてルルーシュは悪いと思いながらも更に笑みを深くした。
「まだ笑ってる」
『すまないな』
「あーもう、いいです! 皆の準備もそろそろ終わる頃でしょうから、戻りましょう!」
 そう言って差し出されたスザクの手を、ルルーシュは躊躇うことなく握り返す。自分よりも若干高いその体温が蒸し暑い日本の夏だというのに心地良かった。



 スザクはルルーシュの隣でハラハラとジャガイモの皮むきをしていたが、スザクの予想に反してルルーシュの包丁さばきはかなり手馴れていた。よくよく思い返してみれば客人に自ら紅茶を振舞うことすらあるルルーシュは、包丁に触れたことなどない一般的な皇子様ではないようだ。
「…もしかして、料理とかするんですか?」
 スザクの問いにルルーシュは陰りを帯びた笑みを浮かべ、頷いた。その表情を見た瞬間、スザクはルルーシュが料理をするということが、おそらくナナリーの為であったのだろうということに気が付いた。
(あー! 僕のばか! 空気読んでよ、僕!)
 いずれは向かい合い乗り越えなくてはいけないものだとしても、今こうして気持ちがようやく上向きになってきたところで思い出させなくてもいいのに。スザクは自分自身の失態に泣きたくなった。
「い…っ!」
 動揺しすぎたスザクは誤って包丁で指先を切ってしまう。ちくりとした痛み、指を見てみれば血がぷっくりとした珠となって溢れていた。ああ、やってしまった、そう思っているとルルーシュが心配そうにスザクを見ていることに気が付く。
「もうぜんぜん痛くないから大丈夫ですよ。このくらいなら舐めときゃ大丈夫…―――ッ!?」
 大丈夫だと知らせるために見せた掌をルルーシュの手がそっと引き寄せ、そしてスザクがどうこうする間もなく血に濡れた指がルルーシュの口の中に収められる。指が熱い口内に包まれ、指先をちゅ、と軽く吸われた後、切った箇所を柔らかい舌が這わせられた。
 濡れた音と共にスザクの指先が開放される。正直、何が起こったのかスザクは理解しきれずにいた。ただ、顔が火を噴くのではないのかと思うほどに熱くなり、心臓が煩いぐらいに騒ぎ出したことだけはわかる。
『ちゃんと消毒をしたほうがいいぞ』
 スケッチブックに書かれた言葉にスザクは壊れた機械のようにこくこくと何度も頷いて、ギクシャクとした動作でその場を離れた。ルルーシュの姿が見えなくなったところでスザクはそのまま力なくしゃがみこむ。
(で、で、で、殿下が、ぼ、僕の、ゆ、ゆ、指を…!!)
 いろいろなことがあった為、あまり意識せずにいたがスザクはルルーシュが好きなのだ。たとえ相手にとってただの親切心で他意はなくとも、好きな人に指を舐められ動揺せずにいられる者がいるだろうか。いやいない。
 指先がルルーシュの口内に含まれていった先程の光景が何度も頭の中でリピートされる。口内の熱さも、舌の柔らかさもリアルに思い返せてしまう。
「…うぅ、」
 体の一部に不自然に熱が集まっていくのにスザクは泣きたくなった。こうなるはスザクのせいではない。あえて言うのなら悲しい男の性、若さゆえの暴走である。
 スザクはルルーシュに申し訳なく思いながら、トイレに駆け込んだ。ちなみに前屈みで。


 その夜、隣に座るルルーシュに対する罪悪感で頭がいっぱいで、せっかく皆で作ったカレーの味など味わう余裕のないスザクであった。




next




2008/03/12
2008/11/18(改訂)