おいしい、素直にそう思えた



Burn My World 25




 道というよりは獣道にも似た細い小道をスザクはルルーシュの手を引き、進んでいく。後から来るルルーシュが歩きやすいように、足で道を踏み均し、空いた手で草木を薙ぎ払いながら、慎重に足を進める。
「もう少しだから頑張ってください」
「…っ、…」
 久しぶりに体を動かしたルルーシュは既に息を乱し始めていたが、スザクの言葉に小さく頷いた。しばらく進むと自分達の背丈と同じ高さの小さな崖に行き当たる。足場になるようなものはなく、一体どうするんだとルルーシュは思わず歩みを止めた。
「ちょっといいですか」
 繋いでいた手がそっと外される。スザクはそのまま軽く勢いをつけてその小さな崖を軽々と上ってしまった。ルルーシュの身体能力はそんなに高くはない、むしろ、一般より低いかもしれない。そんなルルーシュにスザクと同じ芸当をしろというのは到底無理な話で、ルルーシュはどうするべきか崖の上のスザクに視線を向けた。
「殿下」
 崖の上からスザクがルルーシュに向かってそっと手を伸ばす。
「僕が殿下を引き上げますから」
 伸ばされた手を掴むべきか、否か、ルルーシュの手を戸惑い彷徨う。そんなルルーシュの迷いなど払拭してしまうような温かな笑みを浮かべて、スザクはルルーシュの手が伸ばされるのを待つ。
「大丈夫、僕を信じて」
 その言葉に、ルルーシュは躊躇いながらも、確かにスザクの手を掴んだ。スザクはその細い手をしっかりと握り返し、ルルーシュの体を引き上げた。
「……!」
 崖の上に上がったルルーシュの目に飛び込んできたのは、今まさに沈もうとしている真っ赤な夕陽だった。橙から紫へと変化していく空に光り輝く夕陽。ルルーシュはその壮大な光景に思わず息を呑んだ。
「小さい頃、よくここに来てたんです。煮詰まっちゃった時とか、もうどうしようもないと思ったときにここに来て、夕陽に全部持っていって貰うんです。そうすると少しだけ、すっきりしたような気がして…」
 自分の中の嫌な思いを夕陽が半分持って行ってくれるんだと、幼い頃は本当に信じていたものだ。
「僕、本当だと思い込んでました。自分のことながら単純なやつですよね?」
 苦笑しながらスザクがそう言うと、ルルーシュはゆっくりと、しかししっかりと首を横に振った。科学的根拠は確かにないだろう、しかし、この壮大な夕陽の力でスザクが救われたことは紛れもない真実なのだ。単純だと、そう卑下することなどない。
「…ありがとうございます、殿下」
 スザクが照れくさそうに、けれど嬉しそうに微笑む。その笑みはルルーシュの凍り付きそうになっていた心をじんわりと温める。きっとスザクが夕陽に救われていたように、ルルーシュがスザクの笑みに救われているのだろう。
(どうして、おまえは…)
 境界線を軽々と越え、自分に手を差し伸べるんだろう。そして、自分はどうしてその手を取ってしまうんだろう。その問いの答えは見つからない。
「あ! 殿下、喉渇きませんか?」
 思考を遮って掛けられた声にルルーシュは驚いて、とりあえず頷き返してしまう。ルルーシュのその返事に気を良くしたのか、スザクは満面の笑みを浮かべて肩から掛けていたあまり大きくないボックスを差し出した。
「夏の運動に水分補給は欠かせませんからね! スポーツドリンクと、あとアイスもありますよ!」
「…?」
 アイス、と言ってスザクが指したのはカップアイスだった。ルルーシュにとってアイスといえば皿に盛られているものしか見たことなく、スザクの指差すカップがアイスには見えず、思わず首を傾げた。
「あれ…、アイス食べたことありません? 嫌い、とか?」
 アイスを食べたことは勿論あるし、嫌いと言うわけではない。ルルーシュは首を横に振った。
「なら良かった」
 スザクはカップアイスの蓋を開けて、スプーンと一緒にルルーシュに差し出した。カップアイスを受け取ったルルーシュはこの中に入っていたのか、と感心しながらも勧められるままアイスを一口食べた。口内に甘いバニラが広がって、スーッと体を冷やしていく。
「おいしい、ですか…?」
 スザクが不安そうにルルーシュに尋ねた。そのスザクの表情に思えば久方ぶりに飲み物以外のものを口に入れたのだと思い当たる。
 ルルーシュは近くに落ちていた木の枝を使って地面に何か書き込んだ。
「殿下…!」
 ここ最近すっかり涙脆くなったスザクは地面を見てすぐさま目に薄っすらと涙を浮かべる。ルルーシュは苦笑を浮かべて、頭をそっと撫でた。



 ――― ありがとう スザク





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2008/03/10
2008/11/18(改訂)