Burn My World 24 日本の夏は変わらず蒸し暑いけれど、朝の清涼な空気は清々しい。懐かしい日本の気候はスザクには心地よく、目下の悩みはルルーシュのことだけだ。 「おはようございます。…って、今日もですか…」 ベッドが当たり前の生活をしてきたルルーシュだが、考えていたよりも日本の布団で寝ることに抵抗はないらしい。それは良かったのだが、問題はその細い腕にさされた点滴だ。 「ええ、今日も水しか飲んで下さらなくって…」 まったく手を付けていないもう覚めてしまった食事が目に入り、スザクはどうしたものかと眉を寄せる。点滴で栄養をとっているから良いという問題ではない。点滴はあくまでも緊急時の処置であって日常に用いるものではないし、それに食べるという行為は生きるということに直結している、とても大事なものなのだ。 「…殿下、何か欲しいものはありませんか?」 膝を付いて顔を覗き込むように問えば、ルルーシュはきょとんとした表情を浮かべふるふると顔を横に振る。 「食べたく、ないんですか…?」 ストレートな問いにルルーシュは一瞬躊躇を見せながらも、小さく頷く。頷いたそのときに、元々細かった首が更に細くなっているのが見えて、スザクはその痛々しさに耐え切れず顔を歪めた。ルルーシュは点滴がささってないほうの腕でそっとスザクの頬を撫でる。 「ルルーシュ殿下?」 すまない、ルルーシュの唇が音もなく呟いた。 「殿下…ッ」 誰よりも辛いのはルルーシュなのに、どうして人に優しく出来るんだろう。大切なナナリーを目の前で失って、話すことさえ出来なくなって、食欲すら忘れて、いっそどうして守れなかったんだと罵って欲しかった。心の片隅でそんなことを思ってしまうスザクにどうしてそんなに優しいのだろうか。 「謝ら、ないで、ください。貴方は、何も…悪くないっ」 スザクの言葉にルルーシュは曖昧に頷いた。 「…どうすれば、いいんだろう」 スザクは濡れタオルで目元を押さえながら呟いた。 「アンタね、殿下と話す度に泣いてたら世話ないわよ」 呆れ返ったカレンの言葉に返す言葉もない。けれど、何故かルルーシュに関わることだとスザクの涙腺は簡単に堰切ってしまうのだ。 「わかってるよ…」 目に当てていたタオルをスザクはぎゅっと握り締める。その思いつめた様子にカレンは溜息を零した。 「時間がないのも事実だけど、少しは肩の力抜きなさいよ。アンタがそんなんじゃ殿下も落ち着かないでしょ」 確かにカレンの言う通りだろう。このまま悩んだところでいい案が出てくるとは思えない。肩の力を抜く、要するに気分転換することも大切なのだろう。 「気分転換…、転換…」 「スザク?」 「ねえカレン、どんなときご飯食べたい?」 「え、そりゃお腹空いたときでしょ」 「そーだよね…うん!」 そう呟いて、しきりに頷くスザクにカレンは眉を寄せる。一体、それがどうしたのだ。 「カレン、ちょっと思いついたんだけど…」 スザクはカレンの耳に顔を寄せて、こそこそと耳打つのだった。 「殿下!」 弾んだ声で呼び掛けられ、ルルーシュは顔を上げると、そこには久しぶりに明るい笑みを浮かべたスザクの姿があった。心がふわりと温かくなるような、ナナリーのものと良く似たその笑みを見たのは、アリエス宮襲撃事件以来だ。 「少し外に出ませんか?」 スザクにそう言われて、こちらに来てから自分が外にまったく出ていなかったことにルルーシュは気が付く。外に出る必要などルルーシュは感じていなかったから、今まで気が付きもしなかったのだ。 当然、今もルルーシュは外へ行きたいという思いはなく、差し出されたスザクの手をどうするべきかと考えあぐねていたその時、スザクがルルーシュの腕を握る。 「―――っ!?」 「もう涼しくなってるから、大丈夫ですよ!」 誰もそんなことを気にしていたわけじゃない、そう思うルルーシュの心境などお構いなしに、スザクはルルーシュの手を引き歩き始める。握り締められた腕はそんなに強い力で掴まれているわけではない、きっと本気で振り払えば離れられるだろう。けれど、ルルーシュはそうはしなかった。 (ただの…気まぐれだ) 久々に感じた他者の――スザクの体温から離れ難いと思ったせいなんかじゃない。ルルーシュは、そう心の内で自らに言い聞かせるように呟いた。 next 2008/03/04 2008/11/18(改訂) |