遠い昔の夢



Burn My World 21




 心優しき妻が私の作る争いのない世界を願ったから、我が騎士が私と共にあると誓ったから、私は世界を変えようと思ったのだ。
 けれど、世界はそう簡単には変わらない。人の心は移ろい易く、自分と異なる者に畏怖を覚える。自分が人を傷つけることには酷く鈍感で、人に傷付けられることには酷く敏感だ。でも、こんな世界でも、大切な者達のためなら、悪くはないと思うのだ。

 襲い掛かってきた敵を切り捨てた王だが、その出血の多さに敵を切り捨てると同時に自らもその場に倒れ伏した。どくどくと血が流れ、手先の感覚が無くなっていく。王は自分の死期が近いのだと確信した。
「世界、は…変わら、な…、い…」
 それもまた神の定めだと言うのならば、仕方がない。世界の為に王の死が必要だと言うのなら、命などくれてやる。
 けれど、1つだけ気掛かりなことがある。王は自らの騎士の姿を思い描く。
(ああ、私の背中はおまえに預けるといったのに、おまえはどうして今ここにいない)
 あの忌むべき力のことも、流行病によって王妃を亡くしたときも、受け入れて王に寄り添っていた騎士の姿は、ない。おそらくこの謀反を企んだ人間によって足止めか何かされているのだろう。王を殺すための最大の障害はあの騎士に他ならないのだから。
(それでも、最後まで私という生き様を記憶して欲しかった。私はおまえの主足りただろうか。…一目でいい、会いたかった。最高の友にして、部下である、我が騎士よ―――)
 そうして王の意識は途切れ、薄く開かれた眼からは輝きが失われた。それからほんの少し後のことだったか、それとも随分な時間を要した後のことか、死体ばかりが折り重なった王座に誰かが入ってくる。
『ご無事ですか、王! …ッ?!』
 それは騎士だった。騎士は他の者には脇目も振らず、まっすぐに王の元へと駆けつけたが、王が既に息絶えていると知って絶望に顔を歪めた。
( そのような顔、似合わん。 おまえは来てくれた、私にはそれだけで充分だというのに… )
 意識だけの存在となった王は顔を歪めた騎士の姿に、眉を顰める。どうしたものかと思う間もなく、敵兵の怒声が部屋へと近付いているのがわかった。
『これ以上、御身を敵に弄ばせるなどさせませぬ…! お許しください!』
 騎士が王その人に下賜された剣を振り上げる。それが自分の首を敵に渡さぬための苦肉の策だと気付いた王は、自らの騎士がそこまでに自分のためを思ってくれることが純粋に嬉しかった。
 しかし、騎士は泣いていていた。必死に歯を食いしばり、嗚咽を堪え、泣いていたのだ。
『私は…私は…ッ』
( ああ、そうか… )
 騎士は自らを悔いていた。王を守れなかった騎士を、こうして自らの手で王に剣を振り落とさねばならぬことに、苦しんでいた。
( いいんだ、おまえは何も悪くない )
 王の唯一の騎士のみが、許される。供に王と在ることを。
 涙の伝う騎士の頬を王は触れられぬ手とわかっていながらも、そっと撫でた。何度も、何度も。
( おまえが、最後に来てくれて、何より私は救われた )
 王の命は確かに守りきれなかったが、確かに騎士は王を助けたのだ。その孤独な魂を。だから、そんなにも自分を責めてはいけない。
( ―――許す、我が騎士よ )



『そうだ、それは確かに偽りなきもの。膨大の時間を掛け回り続ける運命の螺旋』
 確かに、ルルーシュはそれを知った。いや、本当は知っていた。
『望もうが、望まなかろうが、既に舞台の幕は上がった』
 響き渡る女性の声が、淡々とルルーシュに言葉を投げかける。それに答えるルルーシュの答えなど、1つだった。
「それがどうした。俺の世界は終わった…もう、いらない…どうなったって、構わない」
『それがおまえの選択か』
 ルルーシュは肯定の代わりに沈黙を返す。
『おまえの足掻きなど飲み込むような運命の絶対の力。それでも抗うというのなら、見せてもらおうか』

 そうして、ルルーシュの意識は一気に現実へと覚醒した。




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2008/02/07
2008/11/18(改訂)