Burn My World 19 久しぶりに兄妹水入らずで過ごす穏やかな午後だった。温かな日差しの中、予てからの約束通りアリエスの離宮の散策に出掛け、ナナリーが器用に花輪を作るのをルルーシュは幸せそうに見つめていた。 「お兄様」 「なんだい、ナナリー」 「お兄様は…騎士を持たれないのですか?」 ナナリーの言葉にルルーシュは視線を逸らした後、誤魔化すように笑みを浮かべる。 「俺はいいよ。それよりナナリーが騎士を…」 「私は要職についていませんから、その権利はありません。それに、ここは黒の騎士団の皆様が守ってくださいってますから、必要ありません」 「それは…そうだが」 「私はお兄様がお怪我をしたらどうしようっていつも不安です。せめて、誰か騎士を、お兄様を守ってくださる方を…!」 必死なナナリーの言葉にルルーシュは誤魔化すのを止め、じっとナナリーを見つめた。 「俺は…怖いんだ。騎士を持つのが。そいつの人生を駄目にするかもしれない、そいつを自分のせいで失うかもしれない…。失う悲しみを知っているから、掛け替えのないものを作るのが怖い。それに……誰かの人生を、命をかける価値なんて、ない」 痛々しく語るルルーシュをナナリーはそっと抱き締めた。自分より大きな兄の背に精一杯手を伸ばして、宥めるようにその背をあやすように優しく叩く。 「お兄様、大丈夫。お兄様に全てを預けて下さる人が必ずいます。お兄様がその手を受け取りたいと思う方が必ずいます。ですから、怖がらないで」 「ナナリー…」 「怖がらなくていいんですよ、お兄様」 優しい言葉がルルーシュの怯える心をそっと包み込み、優しく慰撫する。ナナリーの言葉は、笑みはそうやっていつもルルーシュを癒してくる。 大切な大切なルルーシュの宝。愛おしい、唯一の肉親であるナナリーの存在にルルーシュはいつだって支えられていた。 「…これじゃ、兄の威厳台無しだな…」 「そんなことないですよ。いつだってお兄様は私の大好きなお兄様ですもの」 「…ありがとう、ナナリー」 このぬくもりを守るために自分はまだ戦える、ルルーシュは改めてそう実感しながらナナリーを優しく抱き返した。 「さあ、風が冷たくなる前に戻ろうか」 「はい!」 そうして2人はアリエスの離宮へと戻っていく。その仲睦まじく手を繋ぎ並んで歩く姿は、警護中の黒の騎士団の心を温かにさせたのは言うまでもなかった。 エントランスに入り、羽織っていたコートをメイドに手渡したルルーシュはナナリーの髪にいつの間にか葉っぱがついていることに気が付き、くすりと笑う。 「ナナリー、葉っぱがついてるよ」 「え、どこですか?」 付いている箇所とはまったくの正反対を懸命に探すナナリーの様子にルルーシュはくつくつと笑いながらも、その葉っぱを取ってやる。 「ほら、これ」 「お兄様ったら、最初から取って下されば…―――?」 笑っていたはずのルルーシュの表情が急に強張り、ナナリーは言葉を止めた。ルルーシュは必死に耳を澄ます。―――不自然なほど、音がない。警護の者が騒ぐ様子もないから、気のせいなのかもしれないが、念には念が必要だとルルーシュは判断する。 「ナナリー、念のため奥に…ッ!?」 奥の部屋へと誘導する言葉すら言い終わらぬ内に扉が荒々しく開かれ、間を置かず響く銃声。銃声を共に招かざる客が数人無粋な足音と共に侵入してくる。まさに一瞬の出来事だった。 「―――ッぐ、ァ」 銃弾はルルーシュの右の大腿部を貫通、そして腹部を抉るように掠っていった。ルルーシュは激痛にそのまま床に倒れこむ。メイドたちの悲鳴に、まだ続く銃声。 (ナナリーは…) ナナリーはルルーシュの手が触れるか触れないかという位置で倒れていた。その小さな身体からは夥しい量の鮮血が流れ、床を赤く染め替える。 「ナナ、リ…っ!」 「お、にぃ…さ…ッけほ」 ルルーシュを呼ぶナナリーの口からも鮮血が溢れる。このままではナナリーが死んでしまうことは明白だった。手遅れになる前にとルルーシュはナナリーに向かって必死で手を伸ばす。 「…ナ、ナ…リィ!」 必死で伸ばしたルルーシュの指先がナナリーに届こうとしたその時、それを遮るように薄汚いブーツがルルーシュの手を踏みつけた。 「う、ぐ…っ」 侵入者をルルーシュは怒りに燃えた瞳で睨み上げる。色の薄いゴーグルで顔を覆った侵入者はにやりと厭らしく口角を上げて、おもむろに銃の照準を倒れているナナリーに向けた。 「や、やめろッ!! 殺すなら俺だけで充分だろうが…!」 皇位継承権を上げ続けるルルーシュを邪魔に思う者は多く、この侵入者もその内の誰かに雇われているのだろう。それならばナナリーを殺す必要はないはずだ。ナナリーは病弱で継承権などないに等しいほどの下位なのだから。 そんなルルーシュを嘲笑うように侵入者はその下劣な笑みを隠さぬまま、形だけは綺麗に礼をした。 「申し訳ございません、ルルーシュ殿下。これが仕事なのです」 ――パァン! 銃声と同時にナナリーの身体が、大きく跳ねた。そして、ひゅうひゅうと漏れていたか細い呼吸が、途絶える。 「あ、ああ、ぁ、あ、ぁぁああ…!」 怒りと、絶望がルルーシュを支配する。 (何故、ナナリーがこんな死に方をしなくてはならない。ナナリーは皇族であることが信じられぬほどに優しい少女だ。それがどうして殺されなくてはならない。皇族だからか、俺の妹だからか。そんなものナナリーが選んだわけではないのに、どうしてそれが罪になる。どうしてそれが命を奪う理由になる。ただ、懸命に生きていただけなのに) いつの間にか侵入者の足はルルーシュから離れていた。ルルーシュは傷口から血が溢れ出るのにも構わず、立ち上がった。 (死んでしまえばいい) 激し過ぎる怒りのせいかルルーシュの視界は赤に染まっていたが、今のルルーシュにはそんなことどうでもいいことだった。ただ、憎しみが身体を支配する。 (俺は絶対に許さない、ナナリーの命を奪った輩など生きる資格すら与えない) まっすぐに侵入者を見つめ、ルルーシュはありったけの憎悪を込めて呪いの言葉を吐く。 「おまえ達が空気を吸うことすら許さん。ナナリーの苦しみを味わって、死ね」 ルルーシュの意識はそこで、ぷつりと途絶えた。意識が消える寸前に自分の名を呼ぶ者がいたような気がしたが、それは誰であろうと一緒だとルルーシュは思った。 (ナナリーはもう、俺を呼んでくれないんだから) next 2008/01/30 2008/11/18(改訂) |