言葉のナイフ



Burn My World 16




「ルルーシュはとってもスザクのこと信用しているのね」
 突然の言葉にルルーシュは紅茶を入れていた手を止め、ユーフェミアのほうに顔を向けた。ユーフェミアはいつもと変わらぬ笑みを浮かべたままだ。
「だって、ルルーシュがナナリーを任せるなんてよっぽどのことだもの」
 確かにどこの馬ともわからぬ奴に大切なナナリーをルルーシュが任せるはずもない。しかし、だからと言ってそれが直結して信用になるのかとルルーシュは疑問に思う。
 能力を鑑みて信用に値する、とルルーシュは評価する人材は少なくはない。勿論スザクもそのうちの一人に含まれる。けれど、それらの人物にナナリーを預けるか問われれば、答えはノーだ。スザクなら大丈夫だと判断した自分の言葉は信頼からきたというより、むしろそう…――
「信頼、しているのかもな」
 自身は気がついていないのだろう。ルルーシュは目元をやわらげながら、小さくそう呟いた。
「もしかして…あの噂、本当なのかしら」
「噂?」
「ええ、ルルーシュがスザクを選任騎士にするって噂よ」
 その噂は本国に帰ってからというもの何度も耳にしたもので、ルルーシュはうんざりとする。ルルーシュには騎士を持つ気がないのにどうしてそんな噂が出てくるのか、ルルーシュは心底呆れ果てていた。
「俺は騎士を持つ気はない」
 その言葉にユーフェミアはパンと両手を合わせながら、跳ねるように立ち上がる。
「そうですよね! スザクもありえないと言っていましたし!」
 ありえない――そう言われルルーシュの胸はずきりと痛む。ルルーシュはどうして胸が痛むのかわからなくて、困惑する。
(どうして、胸が…こんなにも、痛む…?)
 ルルーシュが騎士を持つ気はない、ということはスザクがルルーシュの騎士になることはありえないことなのだ。ただの事実だ。なのに、どうして。
 自分の中の葛藤に気がとられて、そんなルルーシュの様子をじっと見つめるユーフェミアの視線にルルーシュは気が付かない。
「ねぇ、ルルーシュ」
 ユーフェミアが殊更甘い声でルルーシュに話しかけた。
「ルルーシュがスザクを騎士にいらないというなら、わたくしに下さいませんか?」
「は…?」
「わたくし、スザクを気に入っちゃったんです。スザクをわたくしの騎士に下さい!」
 突飛なことを言うユーフェミアに慣れていたルルーシュだが、あまりのことに返す言葉がすぐには見つからなかった。騎士とは相手の全てを背負い、背負われる関係だ。気に入ったとか、惚れたとか、そんな理由でするものではないし、それは騎士に対する侮辱だ。
「…ユーフェミア、騎士は…」
「お姉さまみたいなお小言は聞きませんからね。騎士はずっと一緒にいて私を守って下さるのでしょう? だったら、気に入った方のほうがいいでしょう?」
 名案だと言わんばかりにそう主張するユーフェミアにルルーシュは深い溜息を吐く。
「スザクは物じゃない。…本人が、決めることだ」
 意志ある1人の人間を「ください」「はいどうぞ」とまるで物のように扱うことなど、許されることじゃない。何よりルルーシュ自身がスザクのことを物のように考えることなど絶対にしたくなかった。
「でしたら、スザクが了承すればいいのね! 今度さっそく声を掛けてみますわ!」
「…ユフィ」
「別にいいんですよね? だって、ルルーシュはスザクを騎士にはしないんですもの」
 笑顔のユーフェミアが零す言葉がまるでナイフのようにルルーシュの心の脆い部分を突き刺していく。思わず強張ったルルーシュの顔にユーフェミアがそっと手を伸ばし、頬に触れる。その手が何故かとても冷たく感じられて、ルルーシュは身体を震わせた。
「今日はルルーシュに会えて嬉しかったわ。ナナリーも風邪のようだから、今日はもう帰りますね」
 見送るどころか、その場から一歩も動くことが出来ないまま、ルルーシュはユーフェミアの消えていく後姿を見つめていた。完全にユーフェミアの姿が見えなくなると、ルルーシュはよろよろと後退り、ぶつかった壁に背を預け、ずるずると床に座り込んだ。
 心に残る激しい痛みに耐えるように、ルルーシュは身体を丸くするようにして、自分の胸元をぎゅっと抱き締めた。

 ――この痛みは、何?




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2008/01/23
2008/11/17(改訂)