彼女は無邪気に笑いかけた



Burn My World 14




 ブリタニア本国では最近とある噂がひっそりと広まっていた。
 今まで騎士を持とうとしなかった黒の皇子がそろそろ騎士を持つという。しかも、その騎士はなんとナンバーズなのだと。そんな噂がひっそりと、しかし確実に広まっていた。



「お兄様、お帰りなさい」
「ただいま、ナナリー」
 そう返したルルーシュは見た者が蕩けるような極上の笑みを浮かべて、ナナリーをそっと抱き上げた。こつん、とお互いに額を寄せ合う見目麗しい兄妹の姿はまるで絵画のようだった。
「少し熱いな…体調はどうだい?」
「…実はお兄様が帰っていらっしゃるのが嬉しくてなかなか眠れなくて、少しだけ熱が出ちゃいました。でも、元気ですよ」
「ナナリーはそうやって無理をするからね。さあ、続きは部屋で温かくしてから話そう」
「はい!」
「…何か火急の用があったら呼べ。後は任せたぞ、カレン、スザク」
「イエス・ユアハイネス!」
 ナナリーの部屋へと向かうルルーシュの後姿を見送って、スザクはふぅ、と息を吐いた。どうにもあの2人の醸し出す空気に当てられていたようだった。
 2ヵ月半という早さでエリア11を平定し、事後処理をディートハルト・藤堂に現場指揮を任せ一度本国へと戻ってきた。まだやることは多いがようやく一息ついた、と言ったところだった。
「ねぇ、スザク」
「どうしたの?」
「アンタ、あの人の騎士になるの?」
「え?」
「だからっルルーシュ殿下の騎士になるのかって聞いてんのよ!!」
 突然投げかけられた言葉にスザクは対応できず、なんと返していいかわからない。スザクにとってまったく寝耳に水の話だった。
「き、騎士?」
「…騎士の意味はわかってんでしょ?」
 カレンの言う騎士はKMFの搭乗者という意味ではなく、皇族の選任騎士のことを指しているのだろう。選任騎士がどんな仕事をするのかなんてスザクにはまったく想像のつかない話だが、とりあえずここは頷いておく。
「で、なるの?」
「何で突然僕がルルーシュ殿下の騎士になるって話になってるんだよ!」
「すごい噂になってるんだもの!」
「噂ぁ?」
「そうよ!」
 そうしてカレンから流れているという噂を教えてもらったスザクはその噂のあまりの尾ひれのつき具合に思わず眩暈を覚えた。ナンバーズが騎士になる、程度ならまだいい。どうしてそうなったのか知らないが、特派の新しいKMFの搭乗者が騎士になるなんていうほぼスザクを名指ししたものまであったのだ。
「いつのまにそんな…」
「身に覚えないわけ?」
「ないよ! 殿下に騎士なんて言われたことないし、そりゃ…僕は憧れてるけど」
「なんだ、デマかぁ」
 カレンは少し寂しそうにそう呟いた。その表情が気になってスザクは思わず尋ねる。
「カレンは僕が騎士になるか聞いて、どうしたかったの?」
「……、頼みたかったの」
 少しの沈黙の後、言葉と同時にくるりとカレンはスザクに背を向けた。
「あの人のこと、私の分まで頼みたかったの。あたしじゃ、騎士にはなれないから」
「どういう、こと?」
「あの人はきっと騎士を持つ気がないんだと思う。あの人の騎士になりたいと願う人は多いけど、誰も聞き届けてもらえた人はいないわ。騎士は主と同じ道を歩む者。主の剣となり、盾となり、主を支える者。けど、あの人は自分のことで誰かが傷つくのを恐れる優しい人、だから誰にも寄り掛かろうとしない。全部、1人抱え込んでしまう。」
 優しすぎて、悲しい人。頑なに誰の手を取ろうともしなかった。でも、もし――
「アンタがもし、あの人の騎士になることを許されたなら、あたし達の分もあの人を助けて欲しい…そう言いたかった」
 スザクという存在がルルーシュの心を変えることが出来たのならば、カレンは少し寂しいけれど、それを嬉しく思うだろう。
「カレン…」
「この話はこれでおしまい! ドアの前で2人して突っ立てることないから、スザクは仮眠とって来なさいよ。時差ボケ、辛いんでしょ?」
「で、でも」
「私は慣れてるから、スザクよりは大丈夫よ。休んできなさい」
 カレンにぐいぐいと背中を押されて、スザクはその申し出を受けることにした。



 アリエスの離宮の庭に出たスザクは、ゆっくりと離宮を振り返る。ナナリーの自室がある辺りを見ながら、スザクはルルーシュのことを思った。騎士を持たない孤高の皇子。黒の騎士団すら自らの為にあるのではないという彼が、果たして騎士を持とうと思うのだろうか。
「―――ッ!」
 そのとき知らない気配を感じたスザクは視線をさっと茂みの方へと巡らせた。携帯していた銃を油断なく構え、茂みに潜む何者かを睨む。
「誰だ、出て来い」
「みつかってしまいました」
 予想していたのとは違う鈴を転がすような声。そうして茂みから姿を現したのは鮮やかな桃色の髪が印象的な少女だった。少女は銃の照準が向かっていることなど、まるで気にしていない様子でにっこりとスザクに微笑みかけた。

「貴方が噂の枢木スザク?」




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2008/01/19
2008/11/17(改訂)