「さぁ、ルルーシュ。お前はどちらを選ぶ?」 幼いルルーシュに提示された2つの理不尽とも思える選択肢。そんなもの選べるかと撥ね退けてしまいたいと思っても、ルルーシュにそう出来ない理由があった。 ――ねぇ、ルルーシュ。ナナリーを守ってあげてね 今は遠い幸せだった日の母の言葉。決して忘れやしない。それは母との約束であり、自らの誓いなのだから。 だから、ルルーシュの選ぶ道はひとつだった。 「私は―――…」 * * * 『ブリタニアの黒き魔女め!!』 そう言って畏怖と嫌悪の眼差しを向けられえることに慣れてしまったのは、もうだいぶ昔のことだった。ルルーシュは返り血に塗れた自身の姿に構うことなく、ニュクス――ルルーシュ専用にカスタマイズされたKMFに乗り込んだ。 母であるアリマンヌを亡くしたルルーシュは父である皇帝に2つの選択肢を提示された。ナナリーと共に旧日本送られ死ぬか、ナナリーの安息と引き換えに皇帝の駒となるか。憎しみさえ覚える皇帝の駒となることをルルーシュのプライドを拒んだが、ルルーシュには自身のプライドよりも守らなくてはならないものがあった。 だからこそ、ルルーシュは迷わずに駒となることを選んだ。例えもう2度とナナリーと言葉を交わすことが出来なくても。 それからルルーシュは血の滲むような努力で、駒として強くなっていった。ルルーシュが取引をしてから数年経った頃、皇帝はルルーシュに任務を命じた。それは旧日本の首相であった枢木ゲンブの暗殺であった。 結果から言えばルルーシュはその任務に失敗し、死の危機に直面した。しかし、ルルーシュはそのとき灰色の魔女に出会い、王の力――ギアスを手に入れ、なんとかブリタニアに帰国することが出来た。けれど、任務は失敗。ルルーシュは罰がナナリーに向かないことを必死で祈っていると、皇帝は高らかに笑い始めた。 『よくやった、ルルーシュ。お前にはナイト・オブ・ゼロの座を与えよう!』 思えばそれは全て皇帝のシナリオ通りだったのかもしれない。ルルーシュがギアスを手にすることが、皇帝に何の利を齎すのか、ルルーシュには及びも付かないが、こうしてルルーシュはラウンズとしての地位を手に入れることになったのだった。 本国に帰還したルルーシュは専用の格納庫にニュクスを固定し、地面に降り立つ。 「ルルーシュ、おかえり」 「…アーニャか」 「うん。ジノも詰め所にいる」 後ろから掛けられた静かな声にルルーシュは振り返ることなく言葉を返す。アーニャはゆっくりとルルーシュに歩み寄り、返り血で固まった髪に触れ、哀しそうに眉を寄せた。 (髪、キレイなのに…) 本来ならば絹のように滑らかな美しい黒髪が返り血によって固められ、見るも無残な姿になっていた。ルルーシュは自分に頓着しないので、放っておけば面倒だとその髪を切ってしまうだろう。アーニャはそれが嫌だった。 「シャワー」 だからこうして任務の後のルルーシュをシャワールームに連れて行き髪を洗うのが、アーニャの日課になっていた。 「しかし、報告が…」 「大丈夫」 自分よりも幼いアーニャに今は会うことを許されないナナリーを無意識に重ねてしまっているルルーシュはアーニャの誘いを強く断ることが出来ず、結局シャワールームに向かうことになるのだった。 アーニャによって丁寧に洗われてから2人はラウンズの詰め所へ向かうと、そこにはそわそわと落ち着かない様子で詰め所の中を行ったり来たりと徘徊しているジノの姿は目に入る。 「ジノ…?」 「あ、ルル! おかえりな!」 ルルーシュの姿を確認したジノは満面の笑みを浮かべて、ルルーシュを抱き締めた。ぎゅっと抱き締めて満足したジノは、今度はルルーシュの全身を上から下まで見渡す。 「うん、怪我はないみたいだな」 よしよしと頷くジノにルルーシュは呆れたような表情を浮かべた。 「お前、それだけの為に残っていたのか…」 「だって、ルルにおかえりって言わなきゃ俺、眠れねーもん」 皇族でありながらラウンズであるルルーシュはブリタニアの中でも異端な存在だった。遠巻きにルルーシュを見る者が多い中、この2人――ジノとアーニャだけは違っていた。しつこいぐらいにルルーシュの世話を焼き、何を言っても傍にいた。 信じる者など作らない、そう思っていたルルーシュの心にいつの間にか入り込んでいた、そんな彼らはルルーシュにとって家族以外で初めての特別な存在だ。 「あ、ラクシャータって医者から預かりもん」 そう言ってジノが差出のはシンプルな封書だった。それはナナリーの担当医であるラクシャータが秘密裏にナナリーの状態を書き記したものだと知っているルルーシュは奪い取るような速さでその封書をとり、中を開く。 はらり、と白い布が封書から落ちた。 いったいなんなのだろうと思いながらも手紙を読み始めたルルーシュは、暫らくすると突然その白い布をまじまじと見つめ出す。それを持つ手は微かに震えていた。 「それ、なんなの?」 「…い、妹が…ッ 刺、繍…!」 その白い布は盲目であるナナリーが時間を掛け一針一針刺繍したハンカチだった。ルルーシュはハンカチがまるでナナリー自身だというように慎重な手付きでそれを抱き締めた。人を殺しても、魔女と罵られても決して緩むことのない涙腺がまるで壊れてしまったかのように次々に涙を溢れさせる。 (ナナリー…ッ!) 細い肩を震わせながらも必死で声を押し殺してなくルルーシュをジノは頭を抱え込むようにそっと抱き寄せ、アーニャはそっと背中に寄り添う。 触れられないぬくもりと、傍らにあるぬくもりがやさしくてルルーシュの涙は余計に止まらなくて、けれどジノもアーニャも何も言わず、ただルルーシュの傍にいた。 ―――ああ、ナナリーを守れるのなら、私はどんな罪に塗れても構わない。 魔女が願う楽園 2008/05/13 2008/11/19(改訂) |