生きる為に、守る為に、私は罪を重ねる
漆黒の魔女 05



 ルルーシュはその夜、すぐさま作戦を決行するべく動き出した。危険ではあるが、どうせ待ったとしても充分なバックアップがなされるわけではない。それに、シャルルは期限を言わなかったもののグズグズしていればナナリーを日本に送り出すかもしれない。それだけは避けなければならなかった。
 その焦りが危機を齎すと気が付いていながらも、ルルーシュはその焦りに勝つことは出来ず、枢木ゲンブ暗殺を開始した。
 枢木邸はSPや防犯カメラはあるもののそれ以上のセキュリティシステムはない、それに屋敷の規模もブリタニアの建築物と比べれば小さく、目的の場所に辿り着くのはそう難しいものではなかった。
 庭園の物陰に身を隠して、ルルーシュはじっと息を潜めていた。まだ幼さの残るその手には不釣合いな拳銃がしっかりと握られている。手に入れた情報によればゲンブはこれから自宅での仕事を終え、書斎から寝室へと移動するためにルルーシュの前にある渡り廊下にやってくるはずだ。
 銃を持つ手が微かに震えているのを見て、ルルーシュは自嘲する。ルルーシュにとってこれが初めての暗殺でもないというのに、何を怖がるというのだ。
(余計なことは考えるな。任務を遂行する、ただそれだけでいい)
 何度も繰り返し、ルルーシュはそう自分に言い聞かせた。
 それからルルーシュにはとても長く、実際には数十分後、ゲンブが数人のSPを連れて渡り廊下にやってきた。ルルーシュは引き金に指を掛け、照準をゲンブに向ける。

 ――ルルーシュ泣くなって!

 不意に夕方に出会ったスザクの声が蘇る。不器用な優しさを見せたスザクの存在がルルーシュに迷いを生んだ。迷いを孕んだ銃弾はゲンブの腕を掠るだけだった。
「侵入者だ!」
「捕らえろ!」
 ルルーシュはその言葉に我に返り、すぐさま撤退を始める。
 チャンスは1度きりだった。1度失敗すれば警備は強まれ、今回のように簡単に侵入など許さなくなるだろう。それこそ今度はいつ暗殺の機会がやってくるかわからない。ルルーシュが日本に戦争起こさせなければ、ナナリーは体のいい開戦の道具としてここに送られることになってしまう。
(ナナリーを守れない…!)
 どうすれば、どうすればいいと、そのことで意識がいっぱいになっていたルルーシュに追っ手が追いつく。そしてそのうちの1人が撃った銃弾が足を掠り、ルルーシュは勢いよく地面へ転がった。
「…ッ!」
「動くな!」
 1人がルルーシュの小さな体を身動き出来ぬように押さえつけたところで、そこにゲンブがやってきた。ゲンブはまじまじとルルーシュを見た。
「…こんな子供が」
 捕まった以上、ルルーシュがブリタニアの人間だということは簡単に知られてしまうだろう。このままルルーシュがゲンブ暗殺の実行犯として処刑されれば、上手くすれば戦争が起こるかもしれない。しかし、それではシャルルが望んだブリタニア優位の戦争ではないし、それにゲンブはそんなことをしないだろう。きっとそれを理由にサクラダイトのブリタニア供給量の制限など、ブリタニアには不利なことをして圧力を掛けるだろう。
(ロロ…)
 帰ると約束したのに、守れない。それにこのままルルーシュが死ぬことになれば、ルルーシュが最も恐れることが起こってしまう。
(ナナリー…!)
 そうだ、ナナリーが殺されてしまう。大切なナナリーの生が理不尽に奪われてしまう。
(死ぬことは怖くない! けどナナリーを守れずに死ぬなんて、駄目だ! 私は生き抜かなくては…!)
 ルルーシュが強くそう願ったとき、不思議な響きを持つ女の声がした。

『終わりたくないのだな、おまえは』
 その声にルルーシュは辺りを見渡すが女などいなかった。それどころかルルーシュ以外にあの声を聞いたものはいないようで、彼らは変わらずに会話を続けている。
『おまえには生きるための理由があるらしい。…――力があれば生きられるか』
 再び響く声。その声にもう一度視線を巡らせれば、ゲンブの後ろに藍地に花の模様の入った浴衣を着た黄緑色の髪の女がルルーシュをまっすぐに見ていた。
『これは契約。力をあげる代わりに私の願いをひとつだけ叶えて貰う』
 気が付けはルルーシュの意識は不思議な空間へと飛ばされていた。見たことも聞いたこともないような不思議な空間で、ルルーシュは女と向き合っている。
『契約すればおまえは人の世に生きながら、人とは違う理で生きることとなる。異なる摂理、異なる時間、異なる命』
 女の言葉と共に脳裏に様々なワンシーンが現れて流れていく。それぞれがどんな意味を持ち得るのかルルーシュには知る余地もない。女はまっすぐにルルーシュに手を伸ばした。
『王の力はおまえを孤独にする。その覚悟があるのなら…』
 どんな力なのか、女の願いとはなんなのか、人と違う理とは、王の力が呼ぶ孤独とは――わからないことだらけだった。けれど、ルルーシュは自分が負うリスクよりも、それを負うことになってでも守りたいものがある。
 だから、ルルーシュは差し出された女の手を取った。


「枢木ゲンブ」
「…ん?」
 爛々とルルーシュの左目が赤く輝く。ルルーシュはゲンブを見据え、静かに、しかし力強く命じる。
「私に関することは全て忘れ、そして、ブリタニアに宣戦布告せよ」
「…わかった」
「首相!?」
 無茶苦茶としか思えないルルーシュの命にゲンブは迷うことなく頷き、踵を返す。ゲンブらしからぬ様子にSP達は驚きを隠せない。
「おまえ達もだ。私を解放し、忘れよ。そして私に関わるな」
「…了解した」
 ルルーシュの命にSP達も抗うことなくルルーシュを解放し、そして何事もなかったかのように持ち場へと帰っていく。ルルーシュは知らず知らずのうちに詰めていた息を吐き出した。
(これが、ギアスの力…)
 女の手を握った瞬間、契約は成立し、ルルーシュの意識はいつの間にかあの不可思議な空間から、枢木邸の庭園に戻っていた。そして、与えられた力のことを自覚した。
 与えられた力はギアス――その力の発露は契約者の資質により左右され、発現する能力は様々である。ルルーシュに与えられたギアスは絶対遵守であった。
(ロロの力もギアスだったんだな)
 機密だということでギアスという名称は伏せられていたが、確かにロロはその力を用いて幼い頃から任務を遂行していた。いや、だからこそ幼い頃から任務に従事していたのだろう。ルルーシュはそんなことを思いながらも、ロロとの約束を守るためにブリタニアに帰還すべく、予め用意していた逃走ルートへと向かう。  しかし、ルルーシュは途中で足を止め、ゆっくりと枢木邸を振り返る。
「…スザク、私は……謝らない。私を恨んでいい」
 父親であるゲンブにギアスという相手の意思を捻じ曲げる力を用いたことを、日本に戦争を呼ぶことを、それらはルルーシュが望んだことではなくても、ルルーシュが選んだことだった。どんなに胸が痛もうとそれらの罪は背負わねばならないものだった。
 この開戦の真実をスザクが知ることなどないとわかっているが、スザクが自分を憎むことをルルーシュは心のどこかで願っていた。
「……生きてくれ」
 あの太陽のように笑うスザクの笑みが翳ってしまっても、それでも彼には生きていて欲しいと思った。ルルーシュはそんな自分をなんて身勝手な人間なんだと嘲笑うけれど、それでも願うことは止められなかった。






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 ちょっと無理がある設定ですが、まああまり深く考えずにお読みください;




2009/4/10