私は、それだけでいい
泡沫の唄  八




 図書室のドアを開けた長次は思わずその場で首を傾げた。
「む…?」
 今日の委員会の当番は長次ときり丸のはずなのだが、図書室に来ていたのはきり丸ではなく怪士丸だった。
 急なアルバイトでも入ったのか、それとも何かあったのか、それともは組のトラブルか。そう考え立ち止まっている間に、長次に気が付いた怪士丸がとてとてと歩いてくる。
「中在家先輩、こんにちは」
「ん、」
「今日の当番なんですが、きり丸が体調をくずしてしまったとのことで、代わることになりました」
「体調を?」
「はい。乱太郎が保健室に連れて行ったと、伏木蔵から言付けを預かりましたー」
「…そうか」
 そうして長次はいつものように委員会の活動に取り掛かるが、きり丸のことが気になってしまい、どうにも集中出来ない。
 今まで図書委員を続けてきた中で、こんなにも早く委員会が終わればいいと思ったのは初めてのことだった。




 委員会を終えた長次は長屋に戻らず、そのまま保健室へと向かう。
 廊下の先に保健室が見えたその時、扉から乱太郎が出てきた。
「あ、中在家先輩!」
 先輩もどこか具合を崩されたのですか?と首を傾げる乱太郎に違う、と伝えるために首を横に振ってみせる。
「きり丸は、どうだ?」
 長次のその問いに、どうして長次が保健室までやってきたのか察した乱太郎はにっこりと笑って答えた。
「心配なさってきてくれたんですね、ありがとうございます!きり丸はただの風邪で休めば良くなるとの新野先生のお言葉です。ただ、私たちに移さないようにと今晩は保健室で休むことになりました」
「そうか、ありがとう」 「はい!では失礼します」  長屋の方へと小走りで去っていく乱太郎を見送ってから、長次は保健室の扉をそっと開け、中に入る。中では保健委員長の善法寺伊作が何やら薬剤を整理しており、その奥に普段は端に寄せられている衝立が出されていた。おそらく、その奥できり丸が休んでいるのだろう。
「いらっしゃい長次、きり丸のお見舞いかな?」
 まだ何も言わないうちからどうして、と疑問に思いながらも長次は頷いた。
「きり丸なら大丈夫。ただの風邪だって」
「…乱太郎から、聞いた」
「ああ、ちょうど会ったんだね」
「ん。…奥か?」
 言葉少ない長次の問いだが、6年間友人として付き合った経験から何が言いたいかわかっている伊作は「そうだよ」とだけ答える。
 長次は衝立のほうへ静かに近づき、そっとその奥を覗き込めば、そこには眠っているきり丸の姿がある。その頬は赤く、額に汗を浮かべ、苦しそうだった。
 起こさないように、そっとその頬に触れる。やはり、熱い。
 近くにあった水の張った桶と手ぬぐいに気が付いた長次は手ぬぐいを絞って、汗を浮かべるきり丸の額を拭う。すると、僅かにだが顔が心地よさそうにゆるみ、長次は何度もそれを繰り返した。


 そんな長次の普段とは違う甲斐甲斐しい様子を横目で見ていた伊作は自分のとある予想が当たっていることを確信し、思い切って尋ねて見ることにしようと、長次の方へと体を向ける。
 伊作の動きに気が付いた長次は手ぬぐいを浸しながら、首だけで振り向く。
「…どうした?」
「長次ってさ、きり丸のこと好きでしょ」
 ぼちゃん!と音を立てて、絞ろうとしていた手ぬぐいを桶に落とす長次。
「な、に、」
「うん、言わなくてもいいよ。わかったから」
 言葉よりも雄弁な長次の動揺。長年付き合いながらも始めてみた友人の一面に伊作は思わず微笑んだ。
 突然胸の内を言い当てられた長次だけが一方的に気まずい沈黙が流れ、しばらくして、長次が小さく呟く。
「いつ…?」 「こないだみんなで集まったときにきり丸の話が出たことあっただろう、あのときもしかしてって思ったんだ。確信したのは今日だけどね」
 きり丸のことを話す長次の浮かべたやわらかな微笑。それが好いているからだと思ったのは、伊作もまた好いている人がいるからこそだった。
「ねえ、長次、伝えたの?」  どこかわくわくとした様子を隠さずに伊作が尋ねると、長次はふるふると首を横に振った。
「まだなんだ」
「まだ、ではない」
「え?」
「その気は、ない」
 まだ伝えていないのではなく、伝える気がないのだと、長次は言った。
「どうして、伝えないの?」
「枷にしかならない、きり丸にとって」
 今想いを伝えてよしんば恋仲になれたとしてもともに過ごせる時間は長次が卒業するまでの短い時間。卒業してしまえば長次は忍びの道に進み、会うことすら難しくなるだろう。
 そんな自分がきり丸に何をしてやれるというのか、否、おそらく何も出来ない。そうと知っておきながら想いを伝えるのは利己的だと、長次はぽつりぽつりと語った。
 今まで黙って聞いていた伊作が違う、と言う。
「そんなことない。糧になる想いだってあるじゃないか!」
「伊作達のように、か?」
 留三郎と伊作が恋仲なのは友人達の間では周知の仲だ。それを友人として近くで見てきた長次には、伊作の言う糧になる想いというものが2人の間にあることを感じていた。
「わかる。しかし…」
 2人のような恋もある。けれど、それが全てではないのだ。
「きり丸が会えて良かったと、誇れるようにと言ってくれた。私は、それだけでいい」
 小さく、しかしはっきりとそう呟いて、長次は再び手ぬぐいできり丸の額をそっと拭く。何度も、何度も、愛おしそうに。
「……、いろいろ言ってごめん」
「いい。きっと私は、誰かに聞いて欲しかった」
「そっか」
「…ああ、ありがとう」





  





2011/05/18




 ここでようやく長きり以外のCPが出てきましたー。留伊です!
 いろいろCP入れたいんですが、主に話に絡むのはもうひとCPぐらいな予定です!