「……ふぁ、」 カーテンの隙間から差し込む光にルルーシュは目を覚ます。時計を見れば時刻はもう7時を指していて、1限から講義のあるルルーシュはそろそろ準備を始めなくてはいけない時間だった。しかし、動き出すためには自分を拘束している腕をどかさなくてはならなかった。 「ジノ、おい、離せ」 「…ん、だめー…」 そう言ってジノはルルーシュに回す腕に先程よりも力を込める。 「2限からのお前と違って、私は1限もあるんだ。遅刻するだろうが」 回された腕を抓っても、ジノは身じろぎひとつしない。ルルーシュは努めて不機嫌そうな声で、ぼそりと呟く。 「今日、夕飯抜きな」 「え!? わー! ごめんなさい! 離します、離します! だから飯抜きは勘弁して!」 「最初からそうやって素直に離せばいいのに」 「だってさー、俺はいつだってルルとくっついてたいんだもん」 「…ばか」 あまりにストレートなジノの言葉にルルーシュは頬を赤く染める。それを隠すようにルルーシュはジノに向かって枕をぽふ、と投げつけた。 高校のときに出会った二人はジノからの告白で付き合うようになり、大学に入ったのを切っ掛けに所謂同棲を始めた。親戚やら幼馴染やらと大勢からの反対を押し切った形になったこの生活だが、1年を過ぎた今も順調である。 「なぁ、ルル」 「なんだ?」 「今日講義何限までー?」 「4限」 「ならさ、放課後デートしようぜ!」 その唐突な誘いを嬉しく思ったけれど、なんとなく照れくさくて、ルルーシュはどうしてもというなら、と小さく呟く。するとジノは満面の笑みでどうしても!と返す。そんなやりとりも、こうして過ごす時間もとても、とても幸せを感じた。 …なのだが、待てども待てどもジノは待ち合わせの場所(ジノがせっかくだから待ち合わせしようと言い出した)に現れない。たまたま講義が早く終わったルルーシュが早めに来た分を差し引いても、もうすぐで1時間も遅れている。 互いに学部は違うので(ちなみにルルーシュは法学部、ジノは経済学部)専門科目の講師に関してルルーシュはあまり詳しくないが、唐突に補講を行うような講師はいないはずだし、それにそんなことになったのなら連絡があるだろう。 (なにやってるんだ、あの馬鹿) 待たされた1時間の間に4回もナンパされたのだから、ルルーシュの怒りは積もりに積もっている。眉間に3本も皺が寄っていた。 「ルルー!」 「! ジ、ノ…」 声に思わず顔を上げれば雑踏の中でも目立つジノの姿が目に入る。すぐに声を掛けようとしたそのとき、ジノの横にいる人物に目がいった。 お前はグラビアアイドルかと言わんばかりの豊満な胸をジノに押し付けるように、腕に絡みつく妙に露出度の高い女。 「なんかさー道がわかんないって言うから――…」 ジノがへらへらと何か言っているが、ルルーシュの耳には届かない。ルルーシュの意識は完全にジノの横に当然のごとくへばり付いている女に向けられていた。女は上から下まで見定めるようにルルーシュを見て、フ、とあからさまに嘲りを込めて笑う。ルルーシュには笑いと一緒に副音声で『ただの小奇麗なだけの小娘じゃない、勝ったわね』と確かに聞こえていた。 (ふ、ふざけるな…!) 女に対してなのか、ジノに対してなのか、最早どちらとも判別付かないほどの怒りがルルーシュを支配する。ルルーシュは未だ何か言っているジノの無防備な頬に全身全霊を掛けた張り手を食らわせる。 ――ぱっしーん! 叩かれた頬を押さえて呆然としているジノに向かってルルーシュはくるりと背を向ける。 「帰る」 「え、ちょ、ルル! 待ってって…!」 走ってもすぐにジノに追いつかれることは分かっていたので、ルルーシュは迷わずタクシーに乗り込んだ。 「…というわけだ」 家に帰りたくなかったルルーシュはそのままカレンの家へと押しかけた。カレンとたまたま遊びに来ていたシャーリーに今までの経緯をぽつりぽつりとルルーシュは語った。 「うわ、それはない!」 「だろう!?」 いきり立つルルーシュを宥めるようにシャーリーはお茶を差し出し、小さな声でフォローを入れる。 「…でもさ、ジノ君だって浮気とかそういうつもりじゃないんだし…」 「ていうか、何も考えてないんじゃない? だから、彼女の前に別の女連れてくるとかやっちゃうわけでしょ? きっとまたやらかすわよ」 「う、そうかも…」 「だから私は反対したのよ。あーゆータイプはダメだって」 カレンの言葉にシャーリーもフォローの入れようがない。2人の会話をぼんやりと聞きながら、ルルーシュはテーブルの上に頭を預ける。ひんやりとしたテーブルが頭に上っていた余計な熱を奪っていく。 「…どうして、私は、あいつが好きなんだろう」 * * * 結局家には帰らず、ルルーシュはカレンの家で一夜を過ごした。 翌朝、どうするべきかまだ完璧に起きていない頭でルルーシュは考えていた。平日だから当然大学がある。しかし、いくら学部が違うといっても同じ大学。ジノと会ってしまう可能性は高い。しかし、まだジノと顔を合わせたくなかった。 (1度、実家に戻るか…) いや、きっとそうすればこれ幸いと親戚達が別れろと言って来るに違いない。それはそれで煩わしい。 「―――…!」 「ん?」 なんだか窓の外がやけに騒がしい。不思議に思ってルルーシュは耳を澄ます。 「…ルル! ルールー!」 「ほぁ!?」 自分の名を連呼する聞き覚えのある声にルルーシュは驚きを隠せない。その声の主と顔を合わせたくないと思っていたことすら忘れ、ルルーシュは窓を開けた。 「朝っぱらから何をやってるんだ!」 「あ、ルル! ようやくみつけた」 ジノはルルーシュを見つけると、嬉しそうにふわりと笑みを浮かべる。 「…私は怒っているんだぞ。…ん? 今、ようやくって言ったか」 「うん」 「もしかして、他のとこでもこんな大騒ぎしてきたのか」 「うん。とりあえず、ミレイ先輩とシャーリーのとこ。カレンのとこもダメだったらニーナの家にも行こうかと」 「何考えてるんだ、馬鹿ジノ!」 朝もはよから自分の名前が友人宅の前で連呼されていたと思うと、居た堪れなくてルルーシュは元凶のジノを怒鳴りつけた。 「だって、早くルルに会いたいから」 「ジノ…」 「ごめん、ルル! ルルのこと、怒らすつもりも傷つけるつもりも全然なかった。謝ればいいってもんでもないのわかるけど、俺、ルルとダメになるなんて絶対嫌だから! ホントごめん!」 必死な顔でジノはルルーシュに精一杯謝罪の意を見せる。その様子はまるで犬(大型)が飼い主に行かないでと目で訴えているようだった。 (ああ、もう) おひとよしで馬鹿で、けれどまっすぐなジノ。そんなジノだからこそルルーシュは好きになったのだ。好きな気持ちは変わりようがない。 「許すのは、今回だけだからな!」 「! ありがと、ルル! 愛してるー!」 「…だーっ あんたたち、人のうちの前で騒ぐのいい加減にしなさい!」 「カ、カレン、押さえて…!」 人騒がせなカップルの危機は何とか回避されたようだ。 I love youを君に おまけ・ルルがカレンたちに愚痴ってるころのジノとスザクとリヴァルの会話 「ル、ル、ルルが帰ってこない!」 「そりゃルルーシュだって怒るだろー」 「まったくだよ。早く別れればいいのに」 「別れません! でもさ、道案内しただけだぜ?! 俺、女の人には親切にってじいちゃんに言われてんだもん!」 「どんな家訓だよ、それ」 「そんな話どうでもいいから早くルルーシュと別れればいいのに」 「別れません! あーもー、どうしよう!」 「だから別れなって」 「別れません!」 「…とりあえず、謝っとけよ」 ブログサイト5万HIT感謝企画にて、穹さまよりリクエスト頂きました。ありがとうございました! 2008/06/05 2008/11/19(改訂) |