君に願いを



 1年前はこんなことになるなんて思いもしなかった。
 あんなにも憎んだゼロの衣装に、他でもない自分が袖を通すことになるなんて。なんて皮肉だろうか。
 それでも立ち止まることは許されない、もう走り始めてしまった運命の輪を止めることなど出来ないのだとスザクは自分に言い聞かせてゼロの衣装を身に纏い、腰に剣を収めた。そして、彼がずっと被り続けていた仮面を手にする。
(ねえ、君がこの仮面を被るとき、どんな気持ちだった?)
 その問いに唯一答えを返せるはずの彼の姿は今ここにはない。彼は既に約束の場所でスザクを待っている。
 スザクは何も言わず仮面を被り、そしてその場でじっと前を見据えた。
 ――約束のときが、迫る

 * * *

「なんだスザク、眠れないのか?」
 夜遅くに部屋を訪ねてきたスザクにルルーシュは別段驚いた様子もなく、むしろ知っていたかのような様子でスザクを向かいいれた。スザクは何も言わぬまま、静かにルルーシュの元へ近付く。
「…何、してるの?」
「ああ、ゼロレクイエム後のシミュレートによって弾き出された起こりうる問題に対する対応策案をまとめていたんだ」
「…君はいないのに…?」
「だからだよ、スザク。いくらシュナイゼルをつけておいたと言っても、心配なものは心配だからな」
 そう言ってルルーシュは穏やかな笑みを浮かべる。スザクは同じように笑みを浮かべることは出来なかった。
「ねえ、ルルーシュ」
「どうした?」
「今日、一緒に寝て欲しいんだ」
 スザクの言葉にルルーシュはきょとんとした表情を浮かべた後、苦笑を浮かべる。しょうがないな、と言いながらルルーシュはスザクを手招いた。
「おいで、スザク」
 誘われるまま、スザクはルルーシュとともにベッドに雪崩れ込んだ。
 寝る、と言っても勿論それは性的な意味ではない。ルルーシュもそれを分かっているからあんなにもあっさりとスザクをベッドに招いたのだろう。
 ルルーシュはスザクの頭を抱え、時折その柔らかい髪をやさしく梳く。スザクはルルーシュの胸元にぴったりと耳を合わせ、とくん、とくん、と規則的な彼の鼓動を聞いていた。
(ああ、明日、僕がこの音を止めるんだ)
 どうしてその鼓動を最後まで聞いていたいと思ったのかスザクにはわからなかった。
 ただ、ずっとこの鼓動を止めてやりたいと、止めるのは自分だと言い続けていたのに、この胸に込み上げる感情はなんだろう。
「スザク、おやすみ」
 答えを見つけられないまま、スザクの意識は眠りへと落ちていった。


 朝目を覚ますとルルーシュは既に起きていて、皇帝の衣装である純白の衣に袖を通していた。朝日を反射する白は酷く眩しかった。
「…るるーしゅ、」
 鮮やか過ぎる白がまるで死装束のようだと思った。初めからそのつもりで、その衣装を選んだのだろうか。問い掛けたくても喉が張り付いたように声が出ない。
「起きたのか、スザク」
 ルルーシュは振り返らぬままそう呟いた。その声色は昨日と変わらず穏やかだ。ドアの向こうからジェレミアの声がして、ルルーシュは今行くと返事を返す。
「じゃあスザク、後でな」
 穏やかに過ごしていたあのときとまったく変わらない声でルルーシュそう言い、そっとドアの向こうへ消えていった。その凛とした背中は朝日と同じように眩しく映った。
 ルルーシュがいなくなった部屋でスザクはゆっくりとベッドから起き上がった。
「僕も、行かなきゃ」
 2人で考えたあまりにも美しい終焉が2人を待っているのだから。


 * * *


「痴れ者が…ッ」
 そう言って取り出された拳銃を子供をあしらうように鮮やかに剣先で弾き飛ばし、再び剣を構えた。そこで初めてルルーシュは初めて皇帝としての仮面を外し、ルルーシュとして満足そうに微笑んだ。
 剣先が吸い込まれるようにルルーシュの胸元に突き刺される。肉を刺す生々しい感覚とルルーシュの苦痛の声が本当に彼を刺したのだとスザクに実感させる。
「…ルルーシュ…!」
 目頭が熱かった。溢れ出る涙を止める術などわからなかった。
 貫かれたままのルルーシュがスザクの肩にそっと頭を寄せ、スザクにだけ聞こえる声で囁く。
「これはおまえにとっても罰だ」
 ――わかってるよ、ルルーシュ。
 彼が世界を手にしたその後に、ゼロレクイエムを本当にやるのか尋ねたときのことを思い出す。ルルーシュはその結末が自らの死で終わるというのにあんなにも穏やかな顔で躊躇うスザクの背を言葉でそっと押し出した。
 血を吐くような思いで生き続けた、きっとこの世の誰よりも生を渇望していた彼がまるで殉教者のように全てを受け入れていたのだ。
「おまえは英雄になるんだ、スザク」
 自らの血に塗れた手が仮面越しにスザクの頬に触れる。
 ――涙には人の温度が効くんですよ
 過去の言葉が脳裏を過ぎる。すると余計に涙が溢れたけれど、それを止めようとは思わなかった。何故ならこれが枢木スザクがルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの為に流せる最後の涙なのだから。
「そのギアス、確かに受け取った」
 彼の命すら燃やして掛けられたギアスを、願いをスザクはしっかりと受け取った。ルルーシュにはもう届かないと知っていながら、スザクはルルーシュに、世界に願う。


(僕からも君にギアスを掛けるよ。ルルーシュ…―――)





 * * *





 隣に越してきたのはいけ好かないやつだった。非力なくせに生意気で、頑固者だ。せっかく仲良くしてやろうと自分が思ったのにそれを無碍にしたのだ。
(仲良くなんかしてやるもんか!)
 あの態度、思い出しただけでも腹が立つ。けれど、どこか泣きたくなるほど懐かしく感じるのは何故なんだろう。
(初めて会ったやつなのに)
 モヤモヤとした思いのまま家に着くと、玄関の前に先程喧嘩別れした彼が居心地悪そうに佇んでいる。
「人の家の前で何してんだよ」
「それは…その…。さっきは、すまなかった」
「は?」
「だから、つい言い過ぎてしまって…悪かったと…」
「ぷ、おまえ変なやつだな」
「変じゃないし、おまえでもない!」
「じゃあ名前なんだよ」
「……。…、ルルーシュ」
「あれ、それって大昔の悪いやつの名前と一緒じゃんか」
「うるさいな! お母さんが付けてくれた名前なんだ! 大体そういう君の名前は?」
「……、く。」
「え?」
「だから、スザク」
「…なんだ。君だってその悪いやつの騎士の名前じゃないか」
「うっせーな! 名前は自分で決めたんじゃねえもん!」
「そうだね。よろしく、スザク」
「おう。よろしくな、ルルーシュ」



 ――ルルーシュ。罪を償ったら優しい世界でもう一度会おう。そして今度こそ、幸せになろう




君に願いを





2008/10/30
2008/11/19(改訂)