ゼロは間違っていると思うのです――誰よりも愛しいと思う声がそう告げる。ゼロは、ルルーシュは、間違っているのだと。必要ではない、のだと。 「ナナリー…!」 望むのは愛するナナリーの幸せ。ナナリーが願った優しい世界。本当は気が付いていた。ゼロとして自分がやろうとしていることは、ただのエゴの押し付けで、そこにナナリーの意思などなかったことを。 ただ、気が付かないフリをしていた。これはナナリーのためなんだと、ナナリーを免罪符にしてしまった自分の当然の報いなのかもしれないと、ルルーシュは思った。 「…ナナ、リ…っ」 わかっていても心が悲鳴を上げる。止まらない、胸の痛み。 (どうか、どうか、どうか、ナナリー、ナナリーだけは、ゼロを、俺を…――) もがくように、縋るように、ルルーシュは魘されながらその手を伸ばす。もう、誰も握り返してくれる人などいないとわかっているのに、どうしても求めてしまう。 「…兄さん」 誰も握り返すことのなかったはずの掌を包む、泣きたくなるほどに優しい人のぬくもり。 「兄さん、僕がいるよ」 ぎゅ、と強く掌を包む手に力が込められる。力が強すぎて痛みをも覚えるが、それが却って自分の手を握る誰かの存在をより感じられて、泣きたくなった。 「誰がいなくなっても、僕は…僕だけは兄さんの傍にいる。ずっと、何があっても」 「…、ロロ」 「もういいじゃない。ゼロも、黒の騎士団も、枢木スザクも、ナナリーも、傷だらけになってまで、抱えていることないよ」 「しかし…」 「兄さんだけが辛いなんておかしいよ! 兄さんだって幸せになるべきだ!」 幸せ、そう言われてルルーシュははっとした。ルルーシュにとって幸せとはナナリーが幸せだと笑えることで、自分の幸せ、イコール、ナナリーだった。 「…わか、らない…ッ しあわせ、なんて、」 明確な形がないそれを理解するのも、掴むのも、今のルルーシュには酷く困難なことだった。 「しあわせって、何なんだ…!」 掴み掛かるようにルルーシュはロロの胸元を握り締める。その手は痛々しいほどに震えている。ロロはまっすぐにルルーシュの瞳を見る。 「…それは、僕にわからない」 「わからないのに…っ」 「わからないから! 1人じゃ、わからないから、一緒に探そう」 「探す…?」 「そうだよ。手探りでもなんだっていい、2人でなら、きっと大丈夫」 俯いてしまったルルーシュをロロはそっと抱き締める。本当の記憶を取り戻してから、いつの間にか細くなってしまった背中を、哀しくも、愛しくも思えて、ロロはルルーシュのためなら、世界すら本当に捨ててしまって構わないと強くそう思った。 「…ほんとうに…」 小さく、ルルーシュが呟いた。 「本当に、ずっと、なのか。俺を、否定しない、のか、本当に…」 「本当、だよ。僕は兄さんとずっと一緒にいたい。僕の世界は兄さん、貴方だから」 未来や幸福を望む心をロロに与えてくれたのはルルーシュだった。だから、ロロにとって未来はルルーシュと共にしかない。 ゼロでもなく、ナナリーでもなく、どうか自分を選んで欲しいとロロは切望する。 「………こう…」 「兄さん?」 「…行こう、ロロ。一緒に」 ゆっくりとロロの背にルルーシュの手が回される。それはルルーシュが他の何よりも、ロロを選んでくれたということ。 「兄さん…!」 * * * 2人が去った学園のクラブハウスに慌しい足音が響く。 「報告は本当なのか!?」 「は、はい。気が付いたときにはもう…行方はいまだ特定出来ておりません」 その報告にスザクは思わず舌打ちする。 (ルルーシュ、やはり記憶が戻っていたのか) しかし記憶が戻っていたとして、腑に落ちないところがある。ナナリーのことだ。あのルルーシュがナナリーを置いて消えるなんてことがありえるのだろうか。 (それとも君はナナリーすら裏切るのか) 「スザクさん…!」 「ナナリー?! どうして、ここに?」 「すみません、無理を言って連れてきてもらったんです」 ナナリーは哀しげに眉を顰めて、スザクに問う。 「スザクさん、お兄様がいなくなったって、お兄様がゼロだって、本当…なんですか?」 「どうしてそれを…!」 「…先程の通信を聞いてしまったんです」 もう誤魔化すことは出来ないのだと悟ったスザクは小さく溜息を落としてから、ナナリーの前に膝を付いて、その手を握った。 「……本当だよ。ルルーシュはゼロで、君を置いていった」 「そんな…!」 ゼロと、ルルーシュと交わした言葉を思い出す。愛してるといってくれた誰よりも大切な人に自分はなんて言葉を向けたのだろうか。あの時、微かに聞こえた声は、きっとルルーシュのもの。 「枢木卿、手紙らしきものがひとつ発見されました!」 「…ああ、見せてくれ」 渡された手紙にはある一定の規則を持った凹凸があった。 「この凹凸は、点字…?」 「見せて、頂けませんか!」 「…勿論」 ナナリーはスザクから手紙を受け取ると、そっとその凹凸部分に指を這わした。 「ナナリー、それは点字なのかい?」 「…お兄様! 違うんです、そうじゃないんです! 私は…私は…ユフィお姉様が言ったお兄様が幸せになれる世界が造りたかったんです…! お兄様が、いなくなったら…! 私…!」 顔を両手で覆い、ナナリーは嗚咽を漏らし始めた。一体何がそこに書かれていたのか、スザクには知る術がない。スザクは落ちてしまった手紙を拾い上げる、そのとき、端の方に小さく何かが書かれていることに気が付いた。 「…! ルルーシュ、君は…!」
――― ナナリー、愛しているよ だから、さよなら。 スザク、ナナリーを頼む。ゼロはもう死んだ ――― どこへ行こうか? 遠くへ、行こう いいね、行こう、世界の果てまで その手から零れ落ちたもの、残ったもの ブログサイト5万HIT感謝企画にて、臣近さまよりリクエスト頂きました。ありがとうございました! 2008/05/18 2008/11/19(改訂) |