君がご主人サマ



 仕事を終えすっかり日が暮れた頃、ルルーシュは入社と共に1人暮らしを始めたマンションへ帰宅する。
「おかえりー」
 本来ならあるはずのないルルーシュを迎える声。最初こそ戸惑ったものの最近ではこの声があることが当たり前のようになってしまっていた。
「ただいま」
「なぁ、ルルーシュ腹減った」
「ああ、今作るからまとわり付くな」
 催促するようにルルーシュのスーツの裾を引くのはスザク。ルルーシュとスザクの関係は知り合いでも友達でもルームシェア相手でもなく、ご主人様とペットだった。そう、ペットだ。慣れた手つきで今日の夕飯となるオムライスを作りながら、ルルーシュはスザクとであった日のことを思い返した。


 大手出版社ブリタニアに勤めるルルーシュ・ランペルージは持ち前の能力を存分に活かし、政治・経済部門記者として素晴らしい成績を入社3年目ながら築いていた。が、しかし、社長子息であり芸術・文学部門部長であるクロヴィス・ラ・ブリタニアに一方的に「君のように美しい人間こそが芸術を語るべきだ!」とかなんとか言われて芸術・文学部門に強制的に移動させられてしまったのだ。社長子息であるため何も言えず、今までの人生でベスト3に入るほどの苛立ちを感じながらルルーシュは帰路についたのだった。
 マンションの前に着いたら巨大なダンボールが道を塞いでいた。ルルーシュは苛立ちのままにその邪魔なダンボールを蹴り上げた。
「いて…っ」

 ダンボールから出てきたのは少年だった。予想だにしない出来事にルルーシュが固まっていると、少年はルルーシュを見上げ、含みある笑顔を浮かべ左手を差し出した。
「手首捻った。手当てしてくれるよな、オニーサン?」
(なんなんだ、この図々しいガキは…!)
 心の内でそう思っても少年の申し出を拒否する言い訳は出てこず、ルルーシュは少年を自分の部屋へと連れて行くことになった。
 手当てを終え、少年の腹が空腹を訴えるので食事を与え、もう帰れとそうルルーシュが告げようとした時、少年はまた先程と同じ笑みを浮かべる。
「オニーサン、俺のことここに置いてよ」
「はぁ? 何を急に」
「いいじゃん。なんでもいいからさ」
 少年の遠慮のない態度といい、クロヴィスの自分勝手といい、いい加減我慢の限界に来ていていたルルーシュは半ば自棄になって少年に言葉を返す。
「ペットでいいなら置いてやる」
「うん、いいよ」
「わかっただろう、早く帰……って、ほえぁ?! おまえ意味分かってるのか!?」
「ペットだろ」
「だろ、じゃない!!」
「なんだよ、オニーサンから言ったんだろ。一度言ったこと覆すのかよ」
「そ、そんなことないぞっ」
「なら、決まり! よろしくな、ご主人サマ!」



 よくよく思い返してみれば冗談としか思えない出来事だが、スザクはこうしてルルーシュのペットとしてルルーシュのマンションにいる。ちなみにスザクという名前は本人が名乗ったものだ。ルルーシュが茶色い髪が昔隣の家にいた犬のタローに似ていたからタローと名付けようとしたら、ペットにも名前を選ぶ権利はあるとか言い出し、結局スザクと呼ぶことになってしまったという経緯があったりする。
(どうして俺は未だにこいつを家においているんだろうか)
 出来上がったオムライスを皿に盛って、簡単なサラダ、スープもつけてテーブルに並べると待ってましたと言わんばかりにスザクが瞳を輝かせてスプーンを握っている。その姿にルルーシュは思わず苦笑してしまう。
「ほら、いいぞ。食べろ」
「いっただきまーす!」
 するりとルルーシュの生活に入り込んでしまったスザク。未だ家にスザクを置く理由はきっとルルーシュがスザクとの生活を楽しいと感じてしまっているからだろう。苛立ちをぶつけるようにシャンプーをしても、悔しさを収める為に頭を撫でても、スザクは文句1つ言わず受け入れてくれるから。家に帰ったとき、お帰りと声が響くのが嬉しいし、それに、1人でない食事はとてもおいしく感じるから、スザクがここにいることを許してしまうのだ。
「ルルーシュ、もう食べないの?」
 半分ほどしか手をつけていないオムライスをスザクが指差す。その常盤の瞳がいらないならちょうだいと雄弁に語っていて、ルルーシュは残っていた皿をスザクの方に押した。
「食べるか?」
「食べる食べる!」
 スザクのその姿にルルーシュは無意識に優しく微笑んだのだった。


 深夜近くになってようやく就寝時間になったルルーシュは寝室へと向かう。その後に当然と言わんばかりにスザクが続く。最初はロフトに布団を敷き寝ていたスザクだったが、ある日強引にベッドに潜り込んで以来、スザクもルルーシュと同じベッドで寝ることになっていた。
 元々寝つきの悪いルルーシュは他人と一緒に寝るなど冗談ではないと思っていたのだが、スザクのその高い体温が隣にあると驚くほど簡単に寝れるのだ。しかもぐっすりと。睡眠薬で無理矢理眠っていたのが嘘のようだった。
「スザク、おいで」
 スザクのふわふわの頭に腕を回して胸元にそっと抱き込むようにすれば、触れた箇所からスザクの体温が伝わってくる。体温が伝わり、ルルーシュの身体も同じ体温になる頃、ルルーシュは重くなり始めてきた瞼をそっと閉じる。
「おやすみ…―――」
 5分も経たぬうちにルルーシュは安らかな寝息を立て始めた。スザクはルルーシュが完璧に眠ったのを確認して、そのゆるい拘束から抜け出す。体温が離れたことにルルーシュの手が探すように彷徨うのをみて、スザクはくすりと笑みを零した。
「ルルーシュ、かわいい」
 ルルーシュに覆いかぶさって両手で頬を包む。額に、瞼に、頬に、鼻先に、スザクは唇を落としていく。ルルーシュは知らない、深夜の秘密。
「今はこれだけ、な」
 そう呟いてスザクはルルーシュの唇にもキスを落とした。口唇を舌で辿り、何度も優しく啄ばむ。ルルーシュの唇が赤く色付いたのに満足して、スザクは唇を離した。そうして、今度は先程とは逆にルルーシュを抱き寄せる。胸板にルルーシュが擦り寄ってくるのに、スザクは満足そうな笑みを浮かべる。 「おやすみ、ルルーシュ」



 こうして、主人とペットという奇妙な生活は続いていく―――。




君がご主人サマ





ブログサイト1万HIT感謝企画にて、リク!さまよりリクエスト頂きました。ありがとうございました!




2007/11/20
2008/11/19(改訂)