君のいる明日 05 (思ったとおりに事が進まないのが人生である、と言ったのは誰だっただろうか) 甲斐甲斐しく食事の支度をする咲世子の後姿を見ながらルルーシュはそう思った。 スザクと話をする、そう決意してから早いものでもう1週間が経過していた。だが、ルルーシュは未だその決意を実行に移せないでいる。 それもこれもとにかくタイミングが悪いのだ。未だ全快していないルルーシュは決まった時間に起きていること困難である。なので、話そうとスザクを待っていても気が付いたら眠ってしまっていたり、起きると先程までスザクがいたことを咲世子から伝えられたりと、ずっとすれ違っている状態だ。 「ルルーシュ様、どうぞ。熱いのでお気を付けてお召し上がり下さいませ」 食欲を誘う香りと共に差し出されたパン粥をルルーシュは憮然とした表情で食べ始めた。そんな主の様子に咲世子はくすりと笑みを零す。 「スザク様、今日は早く戻られると仰っていましたよ」 「…ふん、どうせ起きていられないさ」 「まあまあ、そんなに可愛らしく拗ねないで下さい」 「かわ…ッ!?」 思わずスプーンを落としそうになったが、必死で持ちこたえる。心の中で『咲世子は天然』と何度も繰り返し呟くことでルルーシュは己の心の平静を保った。 しかし、すっかり食欲が形を潜めてしまい、ルルーシュは諦めてスプーンを置く。 「…もしかしたら、」 「ルルーシュ様?」 「生きたいなど、認めて欲しいなど…思うことがおこがましかったのかもしれない。だから、俺はスザクに会えないんじゃないか、そう考えてしまう」 一度本音を吐露してしまった相手だからだろうか、咲世子相手では取り繕う余裕もなく、ただただ口から本音が零れてしまう。 まずは話してからそう決めたはずなのに、あっさりとその決意は思考の渦に飲まれそうになっている。弱い自分に嫌気がさす。 「そんなことは…、」 ない、そう言おうとした咲世子の言葉は無粋な機械音によって遮られる。その音の正体はインカムからの通信音だった。咲世子はルルーシュに謝罪を述べてから通信に応答する。 いつも穏やかな咲世子の表情が強張り、そうして厳しいものへと変わっていく。ルルーシュはどうしたのかと問いたかったが、通信の邪魔をするわけにもいかず、じっと見守るしかない。 そうして通信を終えた咲世子はいつもの穏やかの顔を取り繕ってルルーシュを振り返る。だが、誤魔化しようのない緊張感が顔に出ていた。 「申し訳ございません。少々、お席を外させて頂きます」 「ああ、構わないが…」 「すぐに戻りますので」 咲世子はさっと踵を返すとそのまま部屋を出て行った。窓も情報を得る為のパソコンもテレビも通信機もない、そんな状態でルルーシュが出来ることは何一つとしてなく、ルルーシュはただ咲世子の帰りを待つしかなかった。 それからしばらく(時計がないので正確にはどのくらい時間が経ったのかはわからない)して、妙に部屋の外が騒がしくなった。 (おかしいな…) この部屋はゼロの私室の中の最奥にある部屋で、中にルルーシュが匿われている為、必要最低限の人間しかこの部屋に来ることはない。 (もしかして、先程の咲世子の様子と何か関係しているんじゃ…) そう思いベッドから足を下ろした瞬間だった、ルルーシュの予想は見事に的中した。 激しい音と共にドアが打ち抜かれていく。おそらくマシンガンのような火力の強い物だろう。そうしてドアとしての役目を奪われた鉄の板は蹴飛ばされ、ギイィイ、と金属が擦れ合う嫌な音を立てながらそのまま倒れた。 同時に武装した男が2人部屋に押し入ってきた。身を隠す場所も、抗う武器もなくルルーシュはただ男達を睨みつけるしか出来ない。銃口を突きつけたまま男達はルルーシュに近付いてくる。 「ゼロが後生大事に隠してる、奴の弱点ってのは男だったのか」 その言葉から推測するしか出来ないが、男達は反ゼロ派の人間なのであろう。 (まずいことになった…ッ) 今はまだルルーシュがあの悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだと気が付いていないようだが、遅かれ早かれ気が付くであろう。そうなればこの男達はゼロが悪逆皇帝を匿っていると全世界に向けて告発する。そうすれば、今までの平和はあっという間に崩れ去ってしまう。 (どうにかしなければ…!) この平和の為にどれだけの血を流したのか、どれだけの人達が苦しんだのか。こんなところで簡単に壊されていいものではない。ルルーシュは俯いて、ぎゅっとその掌を握り締めた。 「おっと、動くなよ」 男の片割れがルルーシュの髪の毛を掴み、俯いていた顔を無理矢理上げさせる。 「ゼロと取引する材料になってもらうぜ。無駄な抵抗なんかせず、大人しく付いて来るんだ」 「…、誰が! この下衆が…ッ」 「てめえ!!」 煽ることは得策ではないと頭ではわかっていたのにルルーシュはそう言ってしまった。簡単に頭に血を上らせた男は威嚇するかのように銃を撃った。至近距離で撃たれたそれはルルーシュの頬を焦がし、一筋の醜い傷跡を残す。 久方ぶりに嗅いだ血の臭いに頭がくらくらする。 「…おい、落ち着けって」 「わかってるよ!」 「どこが…って、おい」 「どうした?」 「どっかで見たことあると思ったんだ! こいつ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ…あの悪逆皇帝だよ!」 ついに気が付かれてしまった。しかし、どうすることもルルーシュには出来ない。 「確かにこれはゼロの弱点になるわけだ。正義のヒーローのふりして実は悪逆皇帝を隠してたなんてなァ」 どうすればいい、どうすればこの場を切り抜けられる。 造り上げた平和が壊されてしまう。 (ダメだ…そんなこと、絶対にダメだ…!) 平和な世界がずっと欲しかった。帝国に隠れることも怯えることも、生まれや障害で誰かが差別されることなく、ナナリーとスザクと生きられる明日が、何よりも欲しかったのだ。 (そうだ…生きたかった) そんな資格はないのだとずっと考えないようにしていた。けれど、本当は生きたかった。愛する人達と過ごすそんな明日を生きたいと願っていた。 (生きたい…。平和な明日を、俺は生きたいんだ!) 明日を生きる、その為にルルーシュが使える力――絶対遵守のギアス。ルルーシュがC.C.と契約し手に入れた王の力。 コードを完全に継承したわけではないルルーシュはおそらくまだギアスを使えるはずだ。それに頼るしかなかった。 「おまえ達は…――死ね」 赤い鳥が羽ばたき、男達は了解の意を示すと持っていた銃で互いを撃ち合って息絶えた。どうやらギアスはまだ使えるようだ。 「―――ッく、あぁ!」 ほっと息を吐く暇もなく、どう表現すればいいのかわからないほど激しい痛みがルルーシュを襲う。 「…っ…い、ッ」 あまりの激痛にルルーシュは男達の血で汚れた床でのた打ち回る。 「ルルーシュ…!!」 よく知った声が自分を呼んでいる。そう思ったときにはルルーシュの体はゼロの衣装を身に纏ったスザクによって抱き寄せられていた。仮面は外されていた。 「す、ざ…っう!」 激痛のせいで名前を呼ぶのすらままならない。それでもようやくスザクに会えた今こそ、スザクに伝えたかった。 「すざく…っ、お、れは! おまえと、なな…いっと、生きた、い」 生きて償うことを許して欲しいとか、どうとかそんなことまで言う余裕なんてなかった。ありのままの言葉をそのまま伝えるだけで精一杯だ。 (こんな自分でも、生きて、いいだろうか) 掠れてよく見えない視界の中で、スザクが泣きそうな顔で笑っているように見えた。 「バカだな、ルルーシュ…僕はずっとそのつもりだったよ? だから、おかえりって言ったんじゃないか」 力強い腕がルルーシュをぎゅっと抱き締める。少し息苦しかったが、そんなことより触れているぬくもりが愛おしくて、ルルーシュもそっと腕を回した。 「おかえり、ルルーシュ」 「た、だい、…―――」 最後まで言葉にならないまま、そのままルルーシュの意識は急速に遠のいていった。 スザク、ただいま――そう心の中で呟いた。 next というわけで、君明日5話目の更新です! 今度こそスザルルらぶらぶまであと少し!(…のはず) 今回も微妙なところで終わっていますので、出来る限り早めに更新したいと思います! 2009/03/08 |