夢に成れ



 とても哀しくて、寂しい。そんな夢を見た。



「…うぅ、」
 ホクトは小さな声を上げながらのそりと起き上がった。父であるスザクに似たのか寝起きの良いホクトであったが、今日は何故か妙に体が気だるい。
 しかも、時計を見ればまだ4時前。いつも7時に起きるホクトにとってはまだ寝ている時間だ。
「…、…!」
 何故だか胸がすごく苦しい。まるで何かに締め上げられるような痛みに、ホクトはパジャマの胸元をぎゅっと掴んだ。けれど、痛みは消えず、その上、得体の知れない不安感がホクトを襲う。
(これ、どっかで…)
 この不安感に覚えがあった。出来ることなら2度と思い返すなどしたくないが、確かこれは、母であるルルーシュが撃たれて生死の狭間を彷徨っていたときにホクトを苛んでいたものと酷似していた。
「母さん…!」
 不安でどうしようもなくてホクトは部屋を飛び出した。転がりそうになりながらもそれでもスピードを緩めずに階段を駆け下りる。
「ホクト、どうしたんだ?」
 階段を下りると同時に声を掛けられる。ちょうど起きたらしく、まだ眠そうなルルーシュがそこにいた。ホクトはいてもたってもいられず、ルルーシュに抱きつき、ルルーシュはその勢いに少しよろめきながらもホクトを優しく抱き返した。
「どうしたんだ?」
 ルルーシュの手が優しくホクトの髪を撫でる。その優しい感覚にホクトの胸の痛みをいっそう強まり、ホクトはルルーシュに抱きついている手に更に力を込めた。そんなホクトの様子にルルーシュは苦笑する。
「ホクト、リビングに行こうか。温かいの入れてあげよう」
「……うん」


「熱いから、気をつけるんだぞ」
「ありがと」
 ルルーシュは牛乳とたっぷりの蜂蜜でホットミルクを作り、ホクトに手渡した。ソファに座っているホクトの隣に腰掛ける。すると、ホクトは少し迷いながらも、ルルーシュの膝の上にちょこんと座りなおした。育った環境のせいか甘えることが少ないホクトが甘えてくれることが嬉しい反面、一体どうしたのかルルーシュは心配だった。
「…なあ、どうしたんだ?」
 ホクトは答えず、ちびちびとホットミルクを飲む。ルルーシュも無理に聞き出す気になれず、同じようにホットミルクに口をつけた。
「……あのね、母さん」
 しばらくして、ホクトが小さな声でルルーシュを呼んだ。
「なんだ?」
「夢を、見た」
「夢…?」
「すごく、怖い夢」
 そう呟くホクトの声は少し震えていて、ルルーシュはホクトをそっと抱き寄せた。
「夢の中ではいっぱい知ってる人が出てくるの。父さんも、母さんも、神楽耶姉ちゃんもいる。けど、みんな、こっちとはいろいろ違くて…」
「うん」
「1番違うのは、その中に俺はいなくて、いないから俺は見てるしか出来ないくて」
「うん」
「みんな戦って、傷付いて、すごく哀しい思いをいっぱいしてて」
「うん」
「そのなかでも、母さんと父さんがどんどん辛い思いをしていくんだ」
「私と、スザクが…?」
「うん、母さんはどんどんひとりになっていって、父さんもどんどん変わっていって、傷付いて傷付けて…でも、俺は見てるしか出来なくて…」
 ホクトは手に持っていたマグカップをぎゅっと握り締めた。
「たくさん母さん達が辛い思いしてるのに、見てるしか出来なくて! きっともっとこれから辛くなるのに、俺は見てるだけで…! 自分がいない、何も出来ないことが、怖くて…!」
 我慢していた涙が、ポロリ、と零れた。
「父さんと母さんと一緒にいれない…!」
 何も出来ないことが辛くて、自分だけ取り残されていることが怖かった。大好きな両親が辛い状況に置かれていることがただ哀しかった。
 一度零れ始めた涙は止まらず、ぼろぼろとホクトは涙を零し続ける。
「ホクト、大丈夫」
「かぁ、…さ…っ」
「それは夢だ。ホクトはここにいて、私達もここにいる」
 宥めるようにルルーシュはホクトの額にキスを落とす。
「ありがとう、ホクト。こんなにも私達のことを想っていてくれている息子がいるなんて、私達は幸せ者だな」
 ルルーシュの優しい声に胸の痛みは和らぐけれど、今度は安心して涙が止まらない。
「あれ…? ルルーシュにホクト?」
 どうしたの、と問いながらリビングにやってきたのはスザクだった。ホクトが珍しく甘えるようにルルーシュに身を寄せていることもそうだが、何より泣いていることにスザクは驚く。
「え、ええ、どうしたの!? どこか怪我したの?!」
「ち、ちが…!」
「怖い夢を見たんだそうだ」
「怖い夢?」
 スザクはそうか、と少し考え込んでから、ひょいとホクトを抱き上げた。
「わ…!」
 いきなりのことに驚いて、涙も思わず引っ込む。スザクはそんなホクトに優しい笑顔を向けた。
「怖い夢を見たときは、1人でいないほうがいいんだよ? だから、今日はみんなで寝よう。そうすれば怖い夢も逃げて行っちゃうから。ね?」
「ふふ、そうだな」
 ルルーシュはホクトが持っていたマグカップを受け取ってテーブルの上に置く。そしてスザクはホクトを抱き上げたままリビングを出て、1階にある寝室へと向かって行く。
「え、え?」
「今日が日曜日でよかったね、朝寝坊しほうだいだ」
「主婦に日曜など関係ないぞ」
「えー今日はルルーシュもゆっくりしようよ。それで、お昼は出かけてさ」
「たまにはいいな。なら、神楽耶の言っていた店に行きたい」
「あー、おいしいプリンのお店ね。ホクトもそこでいい?」
「え、あ、うん」
「なら決まり」
 話しているうちにホクトは寝室のベッドの真ん中に寝かされ、両親に挟まれる形となる。スザクがホクトとルルーシュを抱き寄せた。
「ホクト」
 スザクとルルーシュがホクトに優しく呼びかける。
「大丈夫」
 優しい声と、優しいぬくもりが、ホクトを再び眠りへと誘う。眠気にぼんやりとした頭で、ホクトは見た夢を想った。
 哀しい、寂しい、辛い夢。あんなことになりませんように、と。
 大切な両親がずっと幸せでありますように、と。
 幸せそうに笑う両親の隣に自分がいられますように、と。


(叶うなら、夢の中の父さんと母さんも幸せに、笑えますように…―――)




夢に成れ





2008/08/22
2008/11/15(改訂)