「スザク、ちゃんと休んでるのか?」 「うん、まあ。僕、体力だけはあるから」 「もう行くのか? 今帰ってきたばかりだろう」 「ごめん、着替え取りに来ただけだからもう行くね」 「あ、ああ、気をつけて」 日曜日の早朝だというのに枢木家の玄関は賑わしかった。その声に眠りの世界から引きずり起こされたホクトはまだ重い瞼を擦りながら1階へと降りる。ホクトが降りると同時に玄関が閉まる音がして、スザクと入れ違いになったのを知った。 「―――…、」 消えてしまいそうな小さな溜息を落としたのはルルーシュだった。閉まった玄関をぼんやりと眺めるその姿は、ルルーシュをいつもより儚げに見せる。ルルーシュの溜息の理由はスザクの多忙だ。ここ1ヶ月議会の仕事が忙しくろくに家に帰っていない。帰ったとしても先程のように少ししかいないことが大半だ。 (小さな子供じゃないし、俺はいいんだけど…) ちらり、とルルーシュに視線を向ける。スザクの前ではそんな素振りは見せないが、寂しいと纏う空気が言っている。 「母さん」 「…あ、ホクト。おはよう」 スザクはまだ忙しいそうだ、そう続けたルルーシュがいろんな感情を押し込め、無理矢理に笑うのを見て、ホクトは自分の中で何かが静かに音を立てて切れていくのを感じた。 (夫婦のことに口出す気なんてなかったんだけど、なかったんだけどさ) ルルーシュに挨拶を返し、ホクトは手早く服を着替えた。携帯を取り出し電話を掛ける。 『もしもし、どうしました、ホクト?』 「あ、神楽耶姉ちゃん。久しぶり。忙しそうだけど、元気?」 『働けるぐらいには元気です。それより、たまには遊びに来なさい』 「わかってるよ。あ、父さんそこにいる?」 『ええ、たった今戻ってきました。代わります?』 「うん、お願い」 少しの間をおいて、電話口にスザクが出る。 『どうしたの? 何かあった?』 「俺さ、父さんの仕事が大事なのも、忙しいのが仕方ないのもわかってるんだけどさ。それで母さんを悲しくさせるのは流石にダメだと思うんだ」 『…ごめん、』 「父さんがしっかりしないなら、俺が母さん貰っちゃうよ?」 『うん…って、はいぃぃ?!』 「というわけで、俺と母さんは禁断の世界に旅立つから。じゃ」 『え、ちょ、ホクト―――』 何か言おうとしたスザクの言葉を遮るように通話を切って、ついでに電源まで落としておく。ホクトは先程の会話を知らないルルーシュににっこりと笑いかけた。 「母さん、俺とデートしよう」 唖然とするルルーシュを言いくるめて、ホクトとルルーシュは海岸沿いにある遊園地にやってきた。日曜日の遊園地は親子連れで混雑している。 「…ここ」 「初めて3人で来た遊園地、覚えてた?」 「当たり前だろう!」 ようやく3人が家族として生活を始めた頃にやってきた遊園地。あの時はホクトを真ん中にスザクとルルーシュと3人で手を繋いでここへ来た。あのときは嬉しさと恥ずかしさで照れくさかったことを良く覚えている。 「母さん、今日は思いっきり遊ぼ!」 「背だけ伸びたが、まだまだ子供だな」 今やルルーシュの背を越してしまったホクトを見上げながら、ルルーシュは笑った。 それから、アトラクションを次々と回って行き、ふと気が付いたときには太陽が沈み始めていた。空が橙色に染まり、西日が目に痛い。 「最後にアレに乗ろ」 そう言ってホクトが指差しだしたのはゆっくりと回る観覧車だった。 「ホクト、今日はありがとう。…気を使わせてしまったな」 観覧車に乗り込んでしばらくした頃、ルルーシュが唐突にそう呟いた。 「気なんか使ってない。俺がしたいようにしただけ」 ルルーシュが無理に笑っているところを見たくなかったから、ホクトは突飛な行動に出たわけで、ホクト自身それはエゴだと感じていた。だから、それに関してルルーシュが畏まる必要はないのだ。 「俺は、母さんも、もちろん父さんも大事。だからさ、母さん、辛いとか、寂しいとか、嫌だとか、そういう感情を自分だけで抱え込まないでよ」 人一倍強いルルーシュはそれを人に教えようとしない。特に息子であるホクトには絶対に悟られないように振舞おうとする。それが、悲しい。 「父さんが忙しくて寂しいの、母さんが言えないなら俺が父さんに早く帰って来いって言うから。だから、俺にも言ってよ」 「………おまえは、しっかり育ちすぎだ」 「父さんと母さんが危なっかしいからじゃない?」 「言ったな?」 「いえいえ、何も。」 「そういうことにしといてやろう。……ホクト、ありがとう」 夕陽が差し込む観覧車の中で、ルルーシュとホクトは穏やかな笑みを浮かべた。 観覧車を降りると、息を切らしたスザクが立っていた。 「やっと…みつけた…」 「スザク! おまえ、仕事は?」 「抜けてきたよ。…ごめん、ルルーシュ。君が理解してくれることに甘えて、寂しい思いをさせた」 そう言ってスザクはルルーシュをそっと抱き寄せた。最初こそ戸惑っていたルルーシュだが、久々に感じるスザクの体温に誘われるように、その背に腕を回した。 (…まったく、世話が焼けるな。うちの両親は) ホクトは心の内でそう呟いて、2人に近付いていく。 「父さん、母さん」 「ホクト…?」 「はい、コレ」 手渡されたのは一枚の紙切れ。この遊園地の近くにあるホテルの名前と、番号が書かれている。 「予約入れといてるから。今日は2人で行ってきて」 「ちょ、どうして!?」 呆気に取られる2人と置いて、ホクトは笑って手を振った。 「たまの親孝行、だよ」 笑ってよ ↓母と息子の会話抜粋 「ホクト、おまえ学校で女の子とっかえひっかえやってるらしいじゃないか。ミレイが言ってたぞ」 「してないって。俺、二股とかしてないし!」 「…言い回しが怪しくないか?」 「あのね、母さん。俺は確かに告白されたら付き合うけど、彼女がいる時はちゃんと断るし、それに俺からフッたことはないんだって」 「は?」 「だからさ、俺がフラれてるの。「ホクト君って誰にでも優しいんだね」って毎回フラれちゃうの!」 「………おまえは似なくていいところをスザクに似たな…」 ちなみにホクトは中等部からアッシュフォード学園に通ってます。 ブログサイト1万HIT感謝企画にて、crossさまよりリクエスト頂きました。どうもありがとうございました! 2007/11/22 2008/11/15(改訂) |