ホクトがその目を初めて開いたとき、その瞳が常盤だということがとても嬉しかった。愛したスザクと同じ美しい生命の輝きを持つその色彩が酷く愛しかった。それと同時に自分と同じ皇族を示す紫電でなくて本当に良かったとルルーシュは思った。 (この子は皇族の宿命からは逃れられる) 瞳の色ひとつで大袈裟なと人は笑うかもしれない。けれど、ルルーシュとってそれは切実な問題だった。 皇族であること、それは大きな力でもあり、大きな枷でもある。諸刃の剣なのだ。ルルーシュが破壊の道しか選ぶことが出来なかったように大きな闇が皇族には纏わり付いている。過去に流した血と怨嗟の数だけそれらはある。 「ホクト…どうか幸せに」 これからの世界でどうか幸せになって欲しい。隣に自分はいないけれど。 (この世界を作るために出来た罪は、私が全部持っていくから―――) だから、どうか幸せに。 「あー、うぁ!」 ホクトが小さな手を必死で伸ばし、ルルーシュの頬に触れた。ホクトはルルーシュと目が合うと、きゃっきゃっと無邪気に笑う。ルルーシュは思わず零れそうになる涙を堪えて、精一杯ホクトに笑いかけた。 「いつまでも笑っていて、ホクト」 愛しい子の存在の為ならば、自分の命など捧げてみせよう。もう会えぬことに溢れる悲しみすら、見事なままに押し殺して。 今日は約束の日。ゼロの処刑の日だ。 ルルーシュは久方ぶりにゼロの衣装に身を包んでいた。仮面を抱えて、ホクトとの最後の別れを言いに来ていた。 何度も何度も愛おしそうに名残惜しそうに頭を撫でるルルーシュの姿をホクトは不思議そうに見上げていた。その様子を騎士団のメンバーは悲痛な面持ちで見守っていた。 「では行こう。ラクシャータ、ホクトは任せた」 「…はいよ」 処刑に立ち会わないラクシャータにホクトを任せ、ルルーシュはくるりと背を向け歩き始めた。突然離れていくルルーシュにホクトは四つん這い――所謂ハイハイで懸命にその後を追おうとする。そのホクトの姿にカレンは思わずルルーシュの袖を引く。 「ねえ! 本当にこれでいいの!?」 「いいんだ」 「でも…ッ!」 カレンの必死の静止にもルルーシュの歩みを止めることは出来ない。ルルーシュの足が部屋の外に踏み出そうとしたその時―― 「まーま」 聞くことは出来ないと思っていたホクトの初めての言葉。それは自分を呼ぶ言葉で、ルルーシュは思わず歩みを止めた。 「まんまっ」 ホクトの手がルルーシュに向かってまっすぐに向かって伸ばされる。けれど、ルルーシュは振り返らない。振り返れないのだ。 振り返ってしまったら、決意が崩れ去ってしまう。もう離れたくないと泣き叫んでしまうだろう。だから、ルルーシュは振り返れない。耐えるようにルルーシュは唇をぎゅっと噛み締めて、掌を血が滲むほどきつく握り締めた。 「ルルーシュさま…!」 全部投げ出してしまえと心のうちで甘い誘惑の声がする。でもそれに答えるわけにはいかなかった。辛くて、哀しくて、泣きたかった。 (でも、まだ泣けない…私は―――!) 自分の心を押し殺すように、ルルーシュは深く息を吸った。抱えていたゼロの仮面を慣れた手つきで付ける。 「行くぞ」 声が震えないように出来るだけ慎重にルルーシュはそう言い、もう一度歩き始めた。自分の死が待つ場所へと、自らの足で。 愛する者が生きる優しい世界を手に入れるために。
酷い母親でごめんなさい。抱き締めてあげられなくて、ごめんなさい。
それでも、おまえを愛していることだけはいつまでも変わらないから。 どうか、幸せに…―――。 振り返れない 2007/11/14 2008/11/15(改訂) |