黙ってないで



 ホクトは自分の部屋のベッドに腰掛けていた。はぁ、と溜息を零しながら鞄の中から1枚のプリントを取り出す。そのプリントには“授業参観のお知らせ”と書かれている。
「…授業参観、かぁ」
 今まで授業参観といえば騎士団メンバーや桐原が顔を出していたが、今年はスザクとルルーシュがいる。本来なら2人にそのプリントを渡すべきなのだがホクトはそれを迷っていた。スザクは日本議会代表という立場でありものすごく忙しい身の上、ここ最近ルルーシュの入院していたため無理に休みを取っていたそのツケが回ってきているし、ルルーシュは先に述べたように退院したばかりでしばらくは通院が必要という状態だ。
 愛されて育ったホクトはまっすぐで裏表がない性格だが、物心ついた頃から大人に囲まれて生活してきた為、大人の事情に合わせて自分の感情を無意識にコントロールしてしまうところがあり、今回の授業参観に関してもまず両親に対して遠慮の念が浮かんでしまうのだ。
(もう小5だし、親が来てなくても別にいいよな)
 そう考えたホクトは手の中のプリントをくしゃくしゃと丸めてゴミ箱に向かって投げる。丸まったプリントはゴミ箱の縁に弾かれて床に落ちた。
「…あ」
「ホクト、晩ご飯だぞ」
「今行くー!」
 落ちたプリントを拾おうとしたホクトだったが、ルルーシュに呼ばれてすっかりそのことを忘れてしまうのだった。



 授業参観当日。教室には続々と家族が集まってくる。大概は母親だけだったが中には両親揃っていたり、小さな子供がいたり、勿論ホクトと同じように両親とも来ていないとこもある。生徒の反応はそれぞれで母親に向かって手を振っていたり、友達にからかわれて意地になって親と視線を合わせずにいるなど様々だ。
 ホクトは今までこの行事があまり好きではなかった。騎士団のメンバーなどが顔を覗かせてくれるのは嬉しく思っているが、クラスメイトの反応が嫌なのだ。今の誰?から始まり、なんでパパとママじゃないの?で終わるこの一連の会話が嫌だった。けれど今年は違う。確かにこの場にスザクとルルーシュの姿はないが、都合がつかなくて来ないだけであって、いないわけではないのだ。その事実がホクトの心の内をそっと温かくしてくれる。
(傍にいる、すぐに会える、笑ってくれる)
 それで充分だとホクトは思った。
 その時、今までも充分にざわざわと騒がしかった教室が更に騒がしくなる。どうしたんだと振り返るホクトの目に入ったのは見覚えのある後姿。スーツをきっちりと着込んだふわふわ頭は間違えなくスザクだ。スザクは廊下にいる誰かに向かって手を差し伸べている。エスコートとされるように教室に入ってくるのは、シンプルなワンピースにカーディガンを羽織ったルルーシュだった。他の母親達のようにおめかしをしているわけではない、普段買い物に行ったりするときのようなラフな格好のはずなのに誰もが目を奪われる。手を引かれ教室に入ってくる2人の周りだけまるでダンスパーティーの会場にいるかのような錯覚さえ覚えた。
「―――っ!?」
 来るはずもないと思っていた2人の登場にホクトは動揺して、がたっと大きな音を立てて立ち上がった。そちらを見ているホクトに気が付いたルルーシュはふわりと微笑んで手を小さく振り、スザクはにこりと微笑みかけた。
(どうして、どうして、どうして、どうして、どうして?!)
 動揺の収まらないホクトが手を振り返すことも出来ずに固まっていると、授業開始のチャイムが流れてきたのだった。


 ホクトはその日の授業の内容をほとんど覚えていない。ただ後ろにいるスザクとルルーシュが気になって仕方なかったことだけが鮮明に記憶に残っている。
 授業を終え、ホームルームを終え、さっきのパパとママ?という質問にうんそう!とだけ返してホクトは廊下に飛び出した。通行の邪魔にならない廊下の端で立っている2人の姿を見付けたホクトはすぐさま駆け寄った。
「父さん、母さん!」
 振り返ったスザクは苦笑していて、どうしてだろうと思った瞬間その理由が判明した。同じように振り返ったルルーシュがものすごく怒っていたからだ。
「ホクト!」
「はい!」
「何で言わなかったんだ!?」
 眼前につき出されたのはぐしゃぐしゃになったプリントである。こないだ捨て忘れていたのをどうやら発見されてしまったようだ。
「だって、父さん仕事忙しいし」
「そんなものどうにでもなる!」
「か、母さんだってまだ体調よくないし…!」
「このくらい動けないわけではないだろう!」
 ホクトが釈明しようとしても、ルルーシュが間髪いれずに言い返していく。どう考えても口では勝てそうにもなく、ぐっと押し黙ったホクトをルルーシュはぎゅっと抱き締めた。
「私に母親らしいことをさせてくれないか、ホクト」
「母さん…」
「私はおまえが授業しているところを今日見れてすごく嬉しかった。ホクトがこんなに大きくなったんだって嬉しかった。ホクトは嫌なのか…?」
「そんなわけない!」
 思わずそう返したホクトの頭をそっとスザクの手が撫でる。
「じゃあさ、これからはちゃんと教えてね? ルルーシュの言うとおり仕事は何とかするし、僕も父親らしいことしてあげたいよ、今まで分も含めて全部」
「父さん……、2人ともありがとう、来てくれて嬉しかった」
 ホクトのその言葉にスザクとルルーシュは嬉しそうな笑顔を浮かべるのだった。



「さあ、ルルーシュがご機嫌斜めだから、おいしいご飯でも食べてご機嫌とろうか」
「スザク、人をなんだと思ってる…?」
「おいしいデザートも評判の店なんだよ、今はイチゴが旬だよね。行かないの?」
「………行く」
「ほら、ホクトも行くよ」
「うん!」




黙ってないで





special thanks 莉沙さま ネタ提供、ありがとうございました!



2007/11/12
2008/11/15(改訂)