冬の寒さがいっそう厳しくなる12月。逸る気持ちを抑えながらスザクは久方ぶりに祖国の地を踏んだ。 「帰ってきた…」 「何をしみじみ呟いているんですか、さっさとお行きなさいな。後ろが詰まっています」 飛行機のタラップで立ち止まったスザクに神楽耶が後ろから背中をせっつく。スザクは慌ててその場から退いた。 「本当に貴方は手間を掛けさせますわ」 「うう、神楽耶ひどいよ…」 辛らつな言葉を容赦なく投げかけてくる従兄妹にスザクは項垂れる。来年には30歳になる男がそんな態度しても可愛くもなければ、逆に煩わしいと神楽耶は思ったが、それは心の内に留めておくことにした。 「まあ、でも久方ぶりなのは本当ですものね」 ブリタニアの支配から独立した新しい日本を支える日本議会の代表の内の1人であるスザクと代表を取りまとめる総代・神楽耶は外交の為、この1ヶ月日本を離れていたのだった。 「そうだよ! 代表は他にもいるんだし、何で僕だったんだろ…」 「文句を言ってもしょうがありませんわ。都合がついたのはスザクだったんですから」 「わかってる。わかってる、けど……」 仕事なのだということはわかっている。普段ならば、家族に悪いと思いつつも、割り切ることも出来るが、今はそういうわけにもいかない。 「わかっていますわよ。休暇あげますからそれで我慢なさい。そうですわ、年明けにはご挨拶に伺いますから、ルルーシュ様とホクトに伝えといて下さいな。ルリちゃん達にお会い出来るのも楽しみですわ」 スザクが家を空けなくてはいけなくなったちょうど1ヶ月前は、出産を無事終えたルルーシュがようやく退院した数日後だったのだ。 ルルーシュや愛息のホクトは快く見送ってくれたが、当の本人であるスザクは心配で仕方なく、後ろ髪を引かれる思いで出発し、ようやく今日帰国できた。思わず感慨深く呟いてしまうのも仕方がない話だ。 「伝えとくよ。と言うわけで、僕、直帰でいい?」 「はいはい、どうぞご随意に。タクシー代は経費では落とせませんからね」 「そのくらい早く帰れるなら、安いもんだよ」 羽田から自宅へのタクシーなんて使ったことはないので値段なんて皆目検討つかないが、愛する家族の下へ帰れるなら安いものである。そうしてスザクは神楽耶に別れを告げて、タクシーに飛び乗った。 * * * 「ただいま…!」 タクシーの清算を済ましたスザクは慌しく玄関を開ける。大きな声でただいまと告げれば、ルルーシュがやってきておかえり、と労わりの笑みを浮かべてくれる――はずだった。 「…ルルーシュ? いないの?」 おかしい、そう思った直後、家の中に赤ん坊の泣き声が響き渡り、スザクはぎくりと肩を震わせた。そうして1拍、2拍とおいて赤ん坊の泣き声が更に2重、3重となる。 「え、ええ、ええええ…?」 「…父さん、空気読んでよ…」 「ホ、ホクト?」 「せっかく寝たところだったというのに…この、馬鹿スザクめ」 「ル、ルルーシュ!」 状況を把握しきれずに固まっていたスザクのもとへそれぞれ赤ん坊を抱えた(ちなみにホクトは2人抱えている)ルルーシュとホクトがやって来た。その腕に抱かれた赤ん坊はまさに火のついた勢いで泣いている。 よくよく2人の顔を見てみると、目の下に色濃い隈が浮かんでいた。ブリタニア人らしい白い肌も相俟って、見目麗しい顔が悲惨なことになっていた。 「どどど、どうしたの!?」 「そのくらい察してくれ。とりあえず、上がれ」 何とか泣き止んだ赤ん坊を抱え、3人はリビングへとやって来た。スザクはホクトから手渡された我が子を慣れない手付きで抱きかかえる。いつの間にかホクトの方が赤ん坊を抱くのに慣れており、そんなホクトのお兄ちゃんぶりにスザクは思わず嬉しくなった。 「赤ちゃんの世話がこんなに大変だなんて、思なかった…」 そのうえ3倍だしね、ホクトはぼんやりと呟いた。3倍、そう、枢木家の新しい家族は3つ子だったのだ。 ホクトに抱かれているのが長女のルリ。ルルーシュに良く似ているが髪は猫っ毛で、瞳は紫玉と常盤のオッドアイだ。そしてスザクに抱かれているのが次女のヒスイ。ルリとそっくりだが瞳のオッドアイが左右逆である。最後にルルーシュに抱かれているのが次男のスバル。スバルは先の2人と似ておらず、スザクに良く似ている。瞳の色はルルーシュ譲りの紫玉である。 寝顔は天使な3つ子だが、この1ヶ月ルルーシュとホクトは相当苦労したようだった。 「なんとなくわかった気がするけど、どうしたの…?」 「夜鳴きだ」 「夜鳴き?」 「ああ。しかも1人泣き出すと一緒に2人も泣き出すからな」 「…泣いては宥め、のもぐら叩き状態なんだよ」 2人の色濃い隈が如何に大変だったかを何よりも雄弁に語っている。 「私はまだいいが、ホクトは昼間学校があるのに…」 「大丈夫だよ、母さん。むしろ学校の方がよく寝れるし」 学校は眠るところではありません、と親としては注意しなければならないのだろうが、この状況でホクトにそう注意する気にはなれなかった。むしろ、妹達の世話を文句も言わずにしてくれる出来た息子に感謝の気持ちで一杯だ。スザクは思わず息子の頭をぽんぽんと撫でる。 「ホクトは本当にいい子だね」 「そういえば、ホクトは昔から手の掛からない子だったな」 「そうなの?」 「そうなんだ。夜鳴きなんてほとんどなかった、というより泣くことが少ない子だった」 手の掛からないホクトだったからこそ子育てとゼロの業務の双方を行うことが出来たのだと言っても過言ではない。 「そんな昔からみんなの為に…」 「いやいや父さん、そんな生まれてすぐなんて意識してどうこうなんて出来ないから」 合間合間に泣き出す3つ子を宥めながら過ごしているとあっという間に時刻は深夜になっていた。3つ子はベビーベッドで安らかな寝息を立てている。 夕食の食器を片付け終えたスザクがリビングに戻ってくると、ルルーシュとホクトがソファーに身を預けすやすやと眠っていた。ベッドまで運ぶことは簡単だが、その振動で起こしてしまうのは忍びない。 「ベッドで寝たほうがホントはいいんだけど、しょうがないよね」 スザクは寝室から毛布と布団を運び込み、2人が風邪をひかないように包むように布団を掛けた。これでよし、と思ったそのとき、点けっ放しになっていたテレビが日付が変わったことを告げる。 今日は12月5日――ルルーシュの誕生日だ。 「誕生日、おめでとうルルーシュ」 起こさないよう小さな声で囁く。指先でそっと額に掛かる前髪を流し、額にそっと口付けた。 「生まれてきてくれてありがとう。今日はゆっくり休んでね」 そうしてスザクはテレビと電気を消し、最愛の妻と愛息が眠るソファーに寄り掛かり自分も眠りにつくのだった。 数時間後、やはり夜鳴きをし始めた3つ子の泣き声に3人が飛び起きたのはまた別のお話。 Happy birthday My dear! 2008 フライングですが、誕生日祝いです。…あんまり祝えてないような気がしますが、とりあえずルル誕生日おめでとう! 2008/12/04 |