隣にいるよ



 迂曲屈折いろいろ乗り越えて、ようやく家族として暮らし始めることが出来たスザクとルルーシュ。一緒に暮らし始めてから早いものでもう5年の月日が流れ、2人の愛息子のホクトももう中学生になっていた。
 この2人、普段は思春期が到来したホクトから鬱陶しがられるほどなかの良い夫婦なのだが、ケンカも勿論する。大概のケンカはむきになったルルーシュに対し、スザクが折れて収拾がつくパターンであったが、今回は違ったのだった。


「待ってよ、ルルーシュ! どういうことなの!?」
「どうもこうもないだろ。仕事を少し手伝うことになったってだけの話だ」
「そういうことじゃなくて! なんで勝手に決めちゃうのさ!!」
「これは私の問題だ。私がどうしようと勝手だろう!」
「……君はいつもそうやって1人で決めて…あの時だってそうじゃないか、死んだことにした上に自分を処刑する計画なんて実行してさ」
「…っ!」
「わかったよ、僕なんて関係ないんだろ。勝手に何でもすればいいじゃないか!」
 買い言葉に売り言葉。スザクもそこまで言うつもりなんてまったくなかったのだが、元々後先考えて発言するタイプではないスザクは途中でルルーシュの顔色が変わったことにも気が付かず、思わず言ってしまった。
 はっと我に返ってルルーシュを見てみれば、ルルーシュの瞳からはぽろぽろと涙が零れていた。思わぬ展開にスザクが硬直した次の瞬間、ルルーシュの手がスザクの頬を打つ。
「馬鹿スザク…っ!!」
 ルルーシュはそう言ってそのままリビングを出て行ってしまう。残されたのは呆然と叩かれた頬を押さえるスザクだけだ。
 ぱしん、軽い音を立てた平手はそんなに痛いわけではなかった。でも、それより何よりスザクの頭を占めるのは胸に込み上げる後悔。
「…あー、あのさ」
 スザク1人しかいないはずのリビングに響く声。声の主は風呂上りに飲み物を飲もうとリビングに入ろうとしたら、突如両親のケンカが始まり、入るに入れずその場に立ち尽くしていたホクトだった。
「あんま口出ししたくはないけどさ、今のはちょっと父さん言い過ぎじゃない?」
「…わかってるよ」
「だいたいケンカの理由はなんなわけ?」
「ルルーシュが、シュナイゼル殿下の仕事を少し手伝うことになったって…」
「それがなんの問題なの?」
「だって! どんなことするのかわからないじゃないか! もし、危ないことだったら…!」
「はぁ…。素直に心配だって言えばいいじゃんか」
 ホクトは未だ動かずにいるスザクの背に回りその背をぐいっと押す。
「ほら、なら謝ってきなよ。シュナイゼル伯父さんにバレたら父さんもうお日様の下歩けないし、コーネリア伯母さんにバレたら蜂の巣だよ? ナナリーさんにバレたら…想像つかないや、とりあえずもう会えなくなるだろうね。息子としては少し困るな、母さん悲しむし」
「ホクト…何気なく酷くない?」
「ひどくない、ひどくない! はい、いってらっしゃい」



 ホクトに見送られスザクはルルーシュが去っていった寝室へ向かう。ゆっくりとドアを開けてみると、部屋の中は電気が付いておらず真っ暗だった。カーテンの閉められていない窓から差し込む月の青白い光だけが唯一の光源だった。
 ベッドの上に座り込むルルーシュの後姿。その細い肩は微かに震えている。
「…ルルーシュ」
 スザクの声にルルーシュの肩が大きくはねる。
「ルルーシュ、ごめん」
 そっとルルーシュの方に近付きながら、スザクは懸命に言葉を綴る。
「あんなこと言うつもりじゃなかったんだ。…僕が、言いたかったのは、その、ルルーシュのことがただ心配だっただけで、僕が知らないうちにまた君が危険な目に在っていたら嫌だから、僕は…」
「…わた、し、がっ どんな、思いでああしたのか、おまえは、わか…わかって、ない!」
 スザクの言葉を遮るようにルルーシュが声を上げた。
「子供が出来たって言おうとしたその時に、おまえは敵だった…! 私に技術部なんて嘘までついて…。……ユーフェミアの騎士になったおまえになんて言えばよかったんだ、私は!」
 ルルーシュはくるりと振り返り、スザクの胸倉を掴み引き寄せて、涙に濡れた瞳で睨み付けた。
「白兜のパイロットがおまえだと知りながら、ガウェインの中で指示を出す私の気持ちが分かるか! 産まれたばかりのホクトを私が望んで置いて行ったとでも思うのか!! ホクトが、初め…てっ ママって、わ…私、をっ 呼んで…ッ」
 もうそれ以上は言葉にはならなかった。ただあの時の身を切るような胸の痛みが蘇って涙が止まらなかった。あの時悲しむことも痛みをさらけ出すことも後悔することも辛さを感じることも、涙を流すことすら出来なかった分が、今すべて溢れ出したようだった。
 スザクは必死で声を押し殺しながら泣くルルーシュをそっと抱き締める。
「ごめん、ルルーシュ。君が望んでしたことだなんて一度も思ったことなんてないよ。でも、でもね、ルルーシュはきっと僕とホクトの為なら自分の心を殺して、望まないこともやり遂げるだろう?」
 自惚れでもなんでもなく、ルルーシュとはそういう人であった。大切な者の為なら自分すら厭わない。彼女を愛するものにとって哀しすぎる自己犠牲の精神。
「だけど、どんな不幸が待っていても僕にとってルルーシュを失うことより辛いことなんて他にないんだ。だからね、1人で決めないで欲しいんだ。今、君の隣には僕がいるんだから」
 ルルーシュの濡れた頬にそっと唇を落として、瞳を覗き込む。
「僕達が組んで出来ないことなんてないだろ?」
「…ばかすざく」
 スザクの胸板に頭を寄せて、ルルーシュはぎゅっと抱きついた。

「………ありがとう」




隣にいるよ





special thanks ここなさま ネタ提供、ありがとうございました!



2007/11/10
2008/11/15(改訂)